夜明け前

夜が明ける少し前、レイラは目が覚めてしまい外を散歩していた。
ふと、意外な人物が森にいるのを見つけて足を止める。

「……来ていたんですね」

声を掛ける。相手は相変わらず森の中から出てこないが、返答は返ってくる。

「その様子だと、オリジンの封印を解くことを決めたようだな」
「はい……。他に、方法もありませんし……」

オリジンの封印は解かなくてはならない。クラトスが命を落とさない方法はない。他の方法を探す時間はない。
覚悟を決めるしか、ないのだ。

「お前達に任せる他ない以上、余計な口出しになるが……それで本当に後悔しないな?」
「…………」

しない、とは言い切れない。誰も犠牲にならない方法を探して、結局は犠牲を出してしまった。再生された世界で、ずっとそれを悔やみ続けてしまうだろう。

「でも、それはあなたこそ……。私たちを利用してまで、封印を解かせようとした。仲間だったんでしょう? 迷ったりはしなかったんですか?」
「別に考え無しに封印を解こうとはしていない」
「え……?」

何か、考えがあったのだろうか。クラトスが助かるような方法が。

「あまり期待するなよ。確かに考えはある……が、成功する保証はない。失敗すれば私か奴か……最悪、どちらも死ぬ。そんな危険な賭けだ」

助かる可能性はあるが、確実ではなくリスクもある。だから、今の今まで黙っていたのか。

「……でも、元々死なせるつもりはなかったんですね……」

何もせずただ世界のために死なせはせず、助かるかもしれない方法を見つけていた。
ほんの少し、肩の荷が降りた心地だ。

「奴をむざむざ死なせようとする程、私も鬼ではない」
「それなら、最初からそう言ってたら……」
「言うつもりだった。お前が逃げなければな」
「う、それは……」

理由も聞かないまま逃げられては、確かに言うことはできない。

「だが、思い返せば確かに混乱しても仕方ない状況だ。それについてはこちらが浅はかだった」
「あのことは、事故だったということにします。でも、それとは別に……正直、あなたのことは恨んでもいるし……同じくらい、感謝もしています」
「……?」

この人に対してもまた、複雑なものがある。

「剣や魔術、知識などを教えてもらえたことは感謝しています。でも……それも全部、私を利用するためだったことは許せません」
「……勘付いていたか」

レイラがクルシスで得た知識や能力はほぼ全てがこの人の仕込みだ。それ自体はいい。だがその理由が問題だ。

「よく考えたら、おかしいんです。ミトスは私に興味がなかったし、お父様は私のことを避けていたから……彼らには私を手駒として使う理由がありません」
「だが、お前に任を命じたのはユグドラシルだ」
「直接命令を下したのはミトスですが……その前に、誰かが“提案”していたとしたら? 私がクルシスの手駒となり、神子の護衛に就く――正確には、あそこから離れてほしい誰かが」

それまでの一連の流れが、あまりに都合が良すぎる。そうなるように仕向けていない限りは。
そしてこの人には、そう仕向ける理由もあった。ミトス達に気付かれないでオリジン解放の人質とするために、レイラがデリス・カーラーンから離れる口実が必要だった。

「……ひとつだけ、教えてやろう。ディザイアンはお前を培養体として欲していたのは知っているな?」
「はい。それが?」
「……形だけでもクルシスとしての何らかの役割を与えないと、奴らに奪われる所だった。利用する意図があったのは事実だが……同時に、お前を守る意味もあった」

レイラは言葉を失う。レイラをエンジェルス計画の培養体にする話があった事は知っていた。だが、何故そうならなかったのか、そこまでは思い至らなかった。
一方的に利用されていたと思っていた。だが、守られてもいた。

「……そろそろ夜明けだ。戻れ」
「は、はい……」

空が段々明るくなってきている。気になることはまだあるが、そろそろ皆起きて支度を始める頃合だ。この人との話に時間を掛けていられない。

「……ありがとうございます。あなたのおかげで、私は今ここにいる」

宿に戻る前に、ひとこと。素直に感謝を伝えた。

[ 209/226 ]
prev | next
戻る