重なるあやまち

これが、最後の戦いだ。
自分たちを信じてくれている人たちのために、自分たち自身のために。人もエルフも、ハーフエルフも当たり前に生きていける世界を取り戻すための戦い。

玉座に、ユグドラシルが待ち構えていた。

「……かえる……私は……還る……」

ジーニアスがそこに駆け寄り、声を掛ける。

「ミトス……ボクの話を聞いて! 戦うなんてやめよう。世界を統合するために、大いなる実りを返して」
「……かえる……私は……還る……」

ミトスは返事することはなく、ただ同じ言葉をうわごとのように繰り返すだけ。

「……おかしい。まるで人形みたいだ……」

訝しんでいると、コレットから外れなかったミトスの輝石が、いともあっさりと外れた。
輝石は自らミトスの元へ向かい、その体に装着される。
それと同時に、ミトスの目が開かれた。

「……わざわざ運んでくれてありがとう。ようやく融合できたよ。ご苦労だったね」
「……くそ! そういうことだったのか」

先程まで、その体は本当に空っぽの器だったのだ。そこに心の宿った輝石を持ってくることで、心と体が揃う。
体を奪おうとしたのも、元からここに来てこの体と融合するためだったのだ。

「ミトス……マーテルはもう、亡くなったんだよ……」
「嘘を吐くな! 姉さまは生きている。ボクがこうしてクルシスの輝石に宿っているように……」
「それは生きているんじゃない。無機生命体に体を奪われてるだけだ」
「それの何がいけないんだ」
「何……!」
「どうせこの体に流れているのは、ボク達を差別する人間とエルフの血だ。そんな汚らわしい物は捨てて、無機生命体になった方がマシだよ」

もうとっくに元の体を失っているだろうに、ミトスは元の体を厭いそれでいいと言う。

「本気で……言ってるのか?」
「そうだ。見ろ! 無機生命体になれば姿形や成長の促進も思うがままだ」

その証左として、ユグドラシルの、大人の姿から少年の姿へと変化させる。

「みんなが無機生命体になればいい。前にも言っただろう。差別をなくすには全ての命が同じ種族になるしかないのさ」

生命としてあまりにも歪で――何より、そんな方法では到底差別をなくすことはできない。

「お前は根本的に間違ってるぜ、ミトス。差別ってのは……心から生まれるんだ」
「そうだよ、ミトス。相手を見下す心。自分を過信する心。そういう心の弱さが差別を作るんだと思う」
「お前だってそうだろ。人やエルフを見下して家畜扱いしてさ。それは心の弱さだ」
「このままでは無機生命体になっても……変わらんな。差別はいくらでも生まれる」

同じ人間同士でも、差別はいくらでもあった。種族が同じになったとしても、何の解決にもならない。

「……じゃあハーフエルフはどこに行けばいい? どこに行っても疎まれる。心を開いても、受け入れてもらえなかったボク達は、どこで暮せばよかったんだ?」
「どこでもいいさ」
「……ふざけるな!」
「ふざけてなんかいない。どこだっていい。自分が悪くないのなら堂々としてればいい」
「……最初に差別されたからと人やエルフを見下して迫害したら、そのせいで差別はもっと酷くなる……どこかで、その流れを止められなかったから」

事の発端はミトスには何の非もなかった。けど今は、ミトスが辿ってきた所業は、ただ差別を悪化させる一方だ。
言うのは簡単だけど、それはとても難しい。

「……それが……できなかったから。ボクは……ボクらは、ボクらの居場所が欲しかった!」
「おっと、被害者面はよくないぜ。……そのお題目でお前がやったことは……到底相殺しきれない」
「あなたのしたことで……数えきれない人々が無意味な死に苦しめられた。その人達の痛みを……あなたは……感じていますか?」
「人は変わるものよ。たとえ今日が変わらなくても、一ヶ月後、一年後と時間が経つうちに必ず変化が訪れる」
「全ては許されないかもしれません。でも、償うことはできます。あなたの中にも神さまはいるでしょう? 良心っていう神さまが……」

今からでも、まだ間に合う。けどミトスは決してこちらの言い分に首を縦に振ることはしない。

「許しを請うと……思っているのか? 馬鹿馬鹿しい。神さまなんていないよ。だからボクは……ボクの理想を追求し続ける。ボクの居場所が大地に無く、無機生命体の千年王国すらも否定するのなら、ボクはデリス・カーラーンに新しい世界を作るだけだ。姉さまと2人の世界を!」

虹色の翼を背に、ミトスがこちらを消そうと動き出した。

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