パルマコスタの裏切り

翌日、スピリチュア像を入手するため峠との間の救いの小屋まで訪れた時のことであった。

「神子様! 皆さま!」

何者かに呼び止められて振り向く。呼び止めたのはパルマコスタの義勇兵であった。

「どうしたんですか?」
「ドア様からの伝言です。再生の旅、しばしお待ちいただきたいと」

理由を尋ねたところ、驚きの事態になっていた。
マーテル教会付きの旅業案内人――ショコラが、ディザイアンに拐われたというのだ。
これを機にドアは軍の総力をあげて人間牧場に攻撃を決定した。
そこでコレットたちにショコラの救出を頼みたいという。

「ロイド、助けてあげようよ」
「ああ、そうだな」
「……やっぱり、助けに行くのね」
「当たり前だろ。ほっとけるかよ」

ショコラが拐われたこと自体は深刻だと捉えているが、リフィルは助けることには消極的なようだ。
牧場でニールが待っているということで、牧場に向かうこととなった。

「…………」

不意にレイラはある考えが浮かんだが、それをかき消す。そんなこと、あるはずがない。


「お待ちください、神子様」

牧場に辿り着くと、物陰にニールが潜んでいた。

「ニール! ショコラが拐われたんだって?」
「……はい、そのことでお話ししたいことがあります。とりあえずこちらへ……」
「……あまりいい話じゃなさそうね」

救出の段取りを説明するとも思えないニールの態度に不審感が沸き上がる。
そのまま、人目につかない木々の間に案内される。
そこでニールはようやく、重い口を開いた。

「皆さんには、このままパルマコスタ地方を去っていただきたいのです」
「でもそうしたら、ショコラさんはどうするんですか?」
「そうだよ。パルマコスタ軍と連携を取ってショコラさんを助け出すんでしょ?」

心からそう信じているコレットとジーニアスにニールは口篭る。

「やはり……罠か?」
「……嫌な方の想像が当たっていたようね」

クラトスとリフィルがそれを告げる。

「クラトス! それに先生も! どういうことなんだよ?」
「ディザイアンが組織だった軍隊を持つ街をおとなしく放置していることが私には疑問だった」
「ええ。その通りだわ。反乱の芽を潰さないのはそれが有害ではないから……力がないから放置されているのか、或いは有益存在なのか……」
「……今まで人がどれだけ連れていかれても大きく動かなかったのに、ショコラ1人拐われただけで、今更どうして動き出すのか……不自然だと思うよ」

レイラは先ほど消した考えをもう一度浮上させる。リフィルやクラトスほどの考えには至らずにすぐ否定したが、一度は怪しく思ったのだ。
ニールがそれに頷く。

「仰る通りです。ドア様はディザイアンと通じ、神子様を罠に嵌めようとしています」
「どうしてそんなことを」
「昔はこんな方ではなかった……。本当に街の皆のことを考えておられたのです。5年前、クララ様を失った時もディザイアンと対決することを誓っておられたのに」
「それなのにどうして……」
「分かりません。とにかくこのまま牧場に突入しては神子様の身が危険です。ショコラのことは私に任せて、皆さまはどうか先にお進みください。一刻も早く世界を再生するために」

ニールの気遣いは有難いことではある。

「確かに世界再生のためにはここを捨て置くべきだろうな」
「今、私たちが何を優先すべきか……それを取り違えてはいけないから……」
「だめです! このまま見過ごすことなんてできない!」

コレットがその意見に反対する。一度戦うと決意した以上、ここでそれを反故にはしたくないのだろう。
ジーニアスも、イセリアのことがあるからその想いが強い。

「そうだよ。もしこのままにしておいたらパルマコスタもイセリアみたいに滅ぼされちゃうかもしれない。そうでしょ、ロイド!」
「そう。それはその通りよ。でもあえて私はクラトスとレイラの意見に賛成したいわね。街が滅ぶのが嫌なら、今後不用意にディザイアンと関わらないことだわ」

再生の神子という目立つ存在は、徒に人を危険に晒すきっかけにすらなり得る。今がそうであるように。

「そんなのダメだよ。世界を再生することと、目の前の困っている人を助けることはそんなに相反することなの? 私はそうは思わない」
「コレットがそう言うのなら、私たちにそれを止める権利はなくてよ。この旅の決定権を持つのは神子であるコレットなのですから。ロイドも、それでよろしい?」
「俺は端からそのつもりさ。言ったろ。牧場ごと潰してやるって」

あまり気は進まないが、コレットの意志ならそれに従う。話は戦う方に進んでいるのにニールが難色を示す。だがこちらの判断に従ってくれるようだ。

「さて、これから取るべき方向は2つ。
まずはこのまま正直に牧場へ突入してショコラと牧場の人々を救い出すこと。こうなった以上、牧場を放置しておくことは第二のイセリアの悲劇を生み出すでしょうから。
もう1つはドアの真意を確かめること。彼が罠を仕掛けたのなら、牧場の配置もきっとよく分かっているでしょう。……少しだけおしゃべり好きにしてあげましょう」

リフィルの不穏な言葉にニールが不安な表情を表す。

「ドア様に、何をするのです?」
「……聞かない方がいいよ。姉さんの折檻はすごいから」

ジーニアスの失言にリフィルの平手打ちが炸裂する。

「順当に考えれば、まずドアを押さえるのが正解だろう」
「どうしても、すぐに牧場の人々を助けたいなら、このまま突入するのは構わないけど……少しでも安全な方法をとるべきかな……」
「そうだな、パルマコスタに戻ろう。まずはドアの口から話を聞こうぜ」

その判断に皆頷く。

「でもなるべく早くショコラさんを助けてあげようね。きっと1人で心細いはずだから」
「ロイドもたまには冷静な判断をしてくれるのね」
「そのようだな。では……行くぞ」
「ニールさんはここで待っててください。きっと……辛い思いをします」

この場をニールに任せ、皆はパルマコスタへ引き返していく。ドアの真意を、確かめるため。

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