どうか、安らかに
キリアは躊躇なく隠し持っていたナイフでドアを突き刺す。ドアは抵抗もできずに倒れ伏してしまう。
「人間ごとき劣悪種にマーテル様が救いの手を差し伸べて下さることはありません」
「何をするんだ!」
「お父さんでしょ! どうしてこんな……」
「ふざけるな!」
ジーニアスの言葉にキリアは醜悪な表情を浮かべる。
そしてみるみるうちにその姿を悪魔を想起させるものへと変化させた。
「私はディザイアンを統べる五聖刃が長、プロネーマ様の下僕。五聖刃の1人であるマグニスの新たな人間培養法とやらを観察していただけ。優れたハーフエルフである私に、こんな愚かな父親などいない」
「愚かな父親ですって……」
「愚かではないか! 娘が亡くなったことも気付かず、化け物の妻を助けようとありもしない薬を求めるなどと!」
ドアを貶め、嘲笑う言葉に皆、怒りを募らせる。
彼は妻を助けようと、その一心でひたすらもがいていただけなのに。彼のしたことはともかく、その心を貶めることだけはしてはいけない。
レイラは剣を抜く。クララを化け物と称した、この目の前の者こそが本当の化け物だ。ドアの想いを理解しないこの者こそが、本当の愚か者だ。
「聖なる翼よ、ここに集いて神の御心を示さん――エンジェルフェザー!」
背から天使の翼を具現化させたコレットが詠唱し、天使の羽根と光輪がキリアに襲いかかる。
「虎牙破斬!」
それと共にレイラも走りより、斬りかかる。
平静を装うがレイラの動きには精彩がない。
「お前は下がれ、レイラ!」
それにいち早く気付いたクラトスにより後方に無理矢理引き下がらせられる。
「クラトスさ……」
「今の状態のお前が前に出れば、瞬く間にやられる」
それだけ告げるとロイドのサポートをするべくクラトスは前に出た。
「ボクたちもいるんだから。レイラ」
ジーニアスがそう言うと詠唱を始める。レイラはふと思いついてジーニアスの詠唱に合わせる。ジーニアスもレイラが何をしようとしてるか察して、いつもと違う詠唱をみるみる完成させていく。
「いくよ、降り注げ、氷の刃!」
『アイシクルレイン!』
2人が共に放った氷の魔術は容赦なくキリアに降り注ぐ。
そのままキリアは倒れ伏す。
「バカな……ならばせめて、この怪物を放ち、おまえたちに死を!」
最期の悪足掻きか、鋭い爪を使い牢の鍵を開く。そしてキリアは事切れた。
そこからクララが出てくる。
「……またかよ。また、辛い思いをしている人を倒さなきゃいけないのか?」
(また……?)
ロイドが悲痛な顔で身構える。武器は取り出さない、取り出せない。
牢越しでなく、直接クララと対面して、レイラはまた呼吸が乱れるのを感じる。
クララが腕を振り上げた。そこに咄嗟にコレットが呼びかける。
「ダメ!」
まだ人の心が残っているのか、クララはコレットの声に応えるように腕を力なく下ろし、そのまま何処かへと立ち去る。
追いかけようとした時、まだ息のあったドアの声が耳に届く。
「……キリアは、無事か?」
とっさにロイドがその傍らに膝をつく。
「本物の娘さんは無事らしいぜ。安心しな」
「ロイド……」
ロイドなりの、ドアに対する哀れみだろうか。死にゆくこの男には、真実はあまりに残酷だ。
「そうか……。ロイド、といったかね……キミ……」
「先生、早く治療してあげて」
リフィルが癒しの術をかけるが、効果がない。助けられない、と首を振った。そのまま、ドアから目を逸らしてしまう。
ドアも自分の状態を分かっているのか、そのまま頼みを告げる。
「どうかショコラを……お前たちをおびき寄せるために利用された……哀れなあの娘を助けてやってくれないか……」
懐から取り出したカードキーをロイドに託す。
「わかった」
「それから、これは勝手なのだが、もしもどこかで……妻を助ける方法が見つかったら……妻を人間の姿に戻してほしい。娘が戻ってきたとき、1人では可哀想だ……」
彼女には何の罪もない。救えるものなら救ってやりたい。ロイドは静かに、頷く。
「ああ、わかった」
「ありがとう……」
ドアはその返答に安心したようで、安らかな顔で事切れた。
(もう、あなたを苦しめるものはない……さようなら……)
ドアの最期を見届け、内心で祈る。
レイラはそのまま気が抜け、乱れる呼吸や頭の痛みを無理矢理抑えていた反動か、意識を失った。