刻まれた記憶
――やだよ、やめて! おかあさん! おとうさん!
――すまない、……。
そのまま、大きな背中を見上げたわたしは成り行きをただ見ているしかできなかった。
小さい頃の思い出なんてほとんど覚えてないけど、この時、この瞬間だけははっきりと思い出せる。きっと、幾ら年月が経ったとしても忘れることなんてできない。
苦しむお母さんを、お父さんが――
「……!」
レイラは目を開く。今朝方起きた時と同じ天井が目に飛び込む。
「はあ……はあ……」
半身を起こし、頭を抱えて項垂れる。あの夢は間違いなく、自分の記憶の欠片だった。
ここまで鮮明な夢なんて今までなかった。何らかのショックで呼び起こされたか――
「……いや」
原因は分かりきってる。化け物に変えられたクララだ。彼女を目の当たりにした時の動揺と、さっきの夢が無関係な筈がない。
何とか落ち着きを取り戻す。あの一瞬が鮮明に焼き付き、どうあっても頭から離れることがない。
「目が覚めたか」
部屋の扉が開き、タオルを持ったクラトスが入ってくる。
「クラトスさん……」
「酷くうなされていた」
それだけ言ってタオルを渡される。その時のレイラはようやく自分が汗だくであったことに気付く。
「皆は……?」
「隣の部屋で、先程の戦いの傷を癒している。牧場に行くには、万全の状態に整える必要があるのでな」
恐らくそれは建前で、倒れたレイラを案じて宿の部屋を取ったのであろう。
「何があった」
クラトスの問に、レイラはただ目を逸らし俯くしかなかった。あのようなことがあった直後に、あの夢のことなど話せる訳がない。
「……話したくないのなら、構わん」
レイラに背を向けクラトスは部屋を出ていった。
レイラはその背を見つめて、ふと夢の中の大きな背中とクラトスの背中とが重なったような感覚を覚えた。
「…………」
気のせいだろう、と片付けベッドの傍らにあった――おそらくリフィルあたりが用意しておいたのであろう――服へと着替えを済ませ、皆のいる隣の部屋へと移動する。
扉の前に立ち、ドアノブに手を掛けた所で、中での会話が漏れ聞こえてきた。
「イセリアでも倒れていたであろう。これが頻繁にあるようではレイラをこのまま旅に同行させるのは危険だ」
「それは……そうだわ、でも……」
珍しくリフィルが何かを渋る声にジーニアスの訝しむ声が。
「姉さん?」
「確かに、今後何が起こるか分からないし、旅から離脱させるのが、あの子のためにもなるでしょうけど……」
そのまま結論を濁すリフィルにロイドが焦れる。
「先生、どうしたんだよ」
「…………」
もう潮時か。レイラは意を決して、扉を開いた。
「先生、隠さなくていいです」
「でも、あなたが辛いでしょう?」
「いいんです……」
レイラは目を閉じ間を置く。
目を開くと、神妙な表情のロイドたちがレイラに注目していることを改めて認識する。
「……頻繁に倒れるようならかえって足手まといになるのは事実。そうして、旅から離れたとして、じゃあ私はどこで療養したらいいと思う?」
「イセリアの家でいいんじゃないか? ここから帰るには遠いけど……」
予想通りのロイドの返答に首を横に振る。
「……私、帰れないんだ。あの村を事実上追い出されたから」
「どういうこと!?」
レイラの言葉に元から知っていたリフィル、表情の読めないクラトスを除いた面々は明らかな驚きを見せた。
これから明かすことは、みんなに軽蔑されるかもしれない。そうして一緒にいられなくなるかもしれない。
それでも、もう話すしかない。レイラはある事実を明かす。