後悔
阻んだディザイアンを退けるも、遅かった。
ショコラの落とした、ハコネシア峠の通行証だけがそこに残された。
「くそ、劣悪種相手に何をもたついてやがる。こうなったら、このマグニスさまが相手よ! エルフの血を捨てられねぇ愚か者共々、神子を葬り去ってやる!」
マグニスが斧を手に取り、直々に襲いかかってくる。
「獅子戦吼!」
「わわっ!」
マグニスの放つ獅子を模した闘気でレイラは大きく吹き飛ばされる。受け身を取ると同時にリフィルの癒しの術が傷を癒す。
「魔神剣・双牙!」
連続で衝撃波を放てばマグニスがひるむ。
「獅子戦吼!」
ロイドが先ほど放たれたものと同じ技を放てば、吹き飛ばされてそのまま大きく体を打ち付ける。
「ぐぅっ……何故だ。この優良種たるハーフエルフの俺が……」
敗れたマグニスは、納得がいかない、という顔をする。
「愚かだからだ、マグニスよ。クルシスはコレットを神子として受け入れようとしている」
「……何……!」
「そうだ! コレットは世界を再生するんだ。お前らなんかに負けるかよ」
「そうか……お前が……では俺は……騙されたのか……」
コレットを見やり、そのままマグニスは倒れ伏した。
「騙された……?」
リフィルが機械を慣れた手つきで操作する。
「ロイド!」
投影機で映しだされたのは牧場の外へ連れ出されるショコラの姿。恐らくは別の牧場へ移そうというのだろう。
リフィルは更に機械を操作する。
「これで、収容されていた人たちは逃げられる筈よ」
「彼らに埋め込まれているエクスフィアはどうする? 要の紋がなければいずれは暴走するぞ」
「エクスフィアを取ればいいんじゃないの?」
ジーニアスの疑問をすかさずクラトスが正す。
「要の紋なしのエクスフィアは取り外すだけでも危険だ。扱えるのはドワーフだけだろう」
「じゃあダイクおじさんにお願いすればいいよ」
「そうだな。親父に連絡を取ろう」
話し合っていると、リフィルがとんでもないことを提案する。
「詳しい話は後よ。とりあえず、ここを自爆させます。よろしい?」
「マジかよ!?」
「姉さん! そんなことしたら……」
「少なくともこの辺のディザイアンの勢力は減退するでしょうね。叩くなら徹底的にやるべきです」
「確かに、マグニスを倒しただけじゃ、また別のディザイアンがここを支配するだけだろうけれど……」
冷静に、冷酷に判断を下すリフィル。それに対しジーニアスは少し抵抗を示す。
「姉さん……」
「忘れないでジーニアス。彼らと私たちは、違う。……違うのよ」
リフィルは静かに首を振る。
2人の間にある気持ちなど、他の面々には知るよしもない。
そのまま、機械を操作していく。
「自爆時間を10分後にセットしました。急いで避難しましょう」
そのまま、管制室を出て、牧場を出るべく駆け出す。気付いたディザイアンの残党が止められないように短めに設定したから、ギリギリだ。
出口ではニールが皆を待っていた。
「収容された人は?」
「皆、パルマコスタへ移動させました」
「じゃあ、ニールさんも急いで逃げて!」
そのまま慌てた様子で駆け出す皆にニールは疑問符を浮かべる。
「は?」
「爆発します〜」
コレットが告げて、ニールも状況を飲み込み慌てて牧場から離れた。
その直後、牧場は轟音と爆炎に包み込まれ、もう少し逃げるのが遅ければ巻き込まれていた所だった。
「死ぬかと思った……」
「でもみんな無事でよかったね」
ひとまずは息をつく皆に、ニールが居るはずの姿がないことに不安を浮かべる。
「あの……ショコラは?」
「恐らく別の場所へ連れ去られたのだと思うわ」
「そうですか……」
「大丈夫、生きてはいますから」
「無事なら助けることができる」
「そうですね。ショコラの行方が分かったらすぐに私たちに知らせてください。彼女を助けることをドア様もお望みだったのですから」
「ああ。必ずショコラを探し出してみせるよ」
ニールもその言葉でひとまずは安心したようだ。
「それと、収容された人たちにはエクスフィアっていうのが埋め込まれているんだ」
「そのままじゃ危険なんで、イセリアのダイクってドワーフに俺の名前で手紙を送ってくれよ。きっとそいつを取り外す相談に乗ってくれるから」
「イセリアのダイク殿ですね。分かりました」
ニールが宿を用意してくれるとのことで、今日は休息のためパルマコスタに過ごすことになった。
「2人とも、気を落とさないで」
「ああ……」
「うん……」
ショコラに誤解されたことで、ロイドとジーニアスは落ち込んでいた。
「ねえ、2人にこんなこと聞くの、辛いことかもしれないけれど……マーブルさんの、亡くなられた時のこと、詳しく聞かせてほしいのだけど……」
レイラの質問に、2人はぽつぽつと、答えてくれた。
イセリアに来たディザイアン達の連れてきた化け物を退けた時、今まで隠していたエクスフィアの存在を知られ、直接襲われそうになった。
その時、倒した筈の化け物が起き上がり、ディザイアンを抑え込んだ。そしてその化け物から、マーブルの声がして、2人はその正体を悟った。
そのままマーブルは自爆し、ディザイアンに深手を負わせた。
「…………」
顛末を聞いて、レイラは静かに目を閉じた。
「……私が何を言っても、それは気休めにもならないのかな。でも……」
目を開き、2人の目を見つめる。
「きっとマーブルさんは、2人に自分を殺させたという負い目を負わせたくなくて、最期の力を振り絞った。2人がそうしていたら、その気持ちを無意味なものにしているのと同じだと思う……」
化物になって戻ることはできなくて、最期に取った行動は、ロイドたちを思ってのこと。会ったことなく顔も知らない人だけど、きっとそんな気持ちだっただろう。
「そうだな……ありがとう、レイラ。俺、大事なことを思い出せたよ」
「うん。マーブルさん、最期はボクたちに、嬉しかったって……感謝してた」
ジーニアスは自らの右手にあるエクスフィアをそっと撫でた。それはマーブルの形見。
2人の顔に、暗いものはなくなっている。きっともう、大丈夫。