焦りと剣と
ルインに少し留まり、ロイドとクラトスが稽古している様子をレイラは傍から眺めていた。
焦りが剣に出ていつもより力を発揮できていない。それはロイドも分かっているらしく。剣を止めると歯痒そうに呟く。
「この程度じゃ、あいつには勝てねえ……!」
落ち着いて、とレイラは声をかけようとしたが、クラトスがそれより先に声をかける。
「……落ち着け。お前は確実に力を付けている。しかし冷静さを欠いては本来の力など出せぬぞ」
「そう……だな……俺どうしてすぐに頭に血が上っちまうんだろう……」
「苛立った時は深呼吸して一拍間を置いてみろ。衝動的な感情ならそれで抑えが効くだろう」
ロイドはどうしても考えるより先に体が動いてしまう。それを改善するのに効果的な方法を示してやる。
「分かった。にしてもクラトスはいつも冷静だよな……」
ロイドも頷くがそれと共に複雑な面持ちになっていく。ロイドが目指したいのはきっと、常に冷静さを欠くことがない人物像。それに遠いことを痛感してしまうのだろう。
「……私はお前より年老いている。その時間の差だ」
「でも俺がクラトスの歳になっても、そんなに落ち着いてないと思うけどなぁ……」
レイラはふ、と薄く笑みを浮かべる。
「どうかな。人は何があるか分からないよ。私が今もこうして過去の記憶を失ってることなんて、きっとその前の私からしたら想像もつかないことだったろうし」
誰しも、明日記憶を失うなんて思いもしない。それは失う前の自分とて同じな筈。
「だから、ロイドがクラトスさんみたいになれないとか、決め付けちゃダメだと思う」
なれるかもしれないし、なれないかもしれない。それは誰にも分からないのだ。
「レイラも、落ち着いてるよな。俺とほとんど変わらない筈なのに」
「違うよ。私が落ち着いて見えるのは、ロイドが落ち着いてないから。だから、私がしっかりしないとって思って、頭を冷やしているだけ」
「そうなのか?」
「うん。……実は、あまりしっかりしないとって思いすぎるのもよくないって、先生にも言われたんだけど……治らないものだね」
「先生が?」
「うん。出会った頃に、私は何でも1人でやろうとする傾向があるって。人を頼りなさいって」
それを諌められた時のことは今でも思い出せる。
レイラは静かに、目を閉じる。
「……焦らないで。クヴァルと戦うとき、そこには一緒に戦ってくれる仲間もいるって、忘れちゃダメ」
それは或いは、ロイドだけに向けた言葉ではなかったのかもしれない。
あえて触れなかったが、いつもより精彩を欠いていたクラトス。そして未だに、1人で何かしなくてはならないという精神の染み付いているレイラ自身に。