天使になるということ

「コレット! あなた、この傷……」
「コレット! しっかり!」

出血だって酷いのに、コレットはしっかり、その足で立っていた。その顔には一切の苦痛が見られない。

「心配してくれて、ありがと。でも、ホントにだいじょぶだから。なんかね、痛くないんだ。エヘヘ、おかしいよね?」
「無事な訳ないよ! 先生! アンタ癒しの術を使えるんだろ!?」
「ええ……だけど……!」

コレットの傷は酷い。然るべき場所で、時間をかけて癒さなくてはならない。

「コレット……俺はもう我慢できないからな!
みんな、聞いてくれ! コレットには今、感覚がないんだ」
「な、何? どういうこと?」
「コレットは天使に近付いている。でも、眠ることもできない。暑さも寒さも痛みも、何も感じられない。涙だって出なくなって……! 天使になるって、人間じゃなくなるってことだったんだよ!」

ロイドの訴えに皆、言葉が出なかった。コレットは俯いてしまう。

「ロイド、いいよ。私ならだいじょぶだから……。
それより今はこの牧場をなんとかしないと。そうでしょ、ロイド?」
「先生、前みたいにここを爆破できないかな」
「やってみるわ」
「……過激だね。まあ、それが一番だろうけど」

リフィルが自爆装置をセットし、皆は脱出していく。
コレットを休ませるため、皆はアスカードに向かう。

アスカードの宿でロイドから、詳しい話を聞かせてもらう。
コレットは初め、火の封印を解放した時に味覚を失い、お腹がすくこともなくなった。
水の封印で眠ることができなくなり、風の封印で、感覚を失ったと。

「じゃあコレットは封印を解放して天使に近付く度に、人間らしさ……みたいなものを失ってるっていうのか?」
「人間性の欠如……? そんな! じゃあ最終的にはどうなっちゃうのさ」
「……最終的には、か。どうなっちまうんだ。本当に……」
「それに世界を再生した後はこの地上でたった1人の天使になっちゃうんだろ。そんなの辛いよ……」

ロイドやジーニアスやしいなは、世界を再生したらコレットは戻ってくると信じている。

「そ、それは……」
「コレットは……」

でも、違う。コレットは人間性を封じられ、後はマーテル復活の器とされてしまう。戻ってなんて、こない。

(……?)

レイラは初めて、違和感を抱いた。何故、自分がこんなことを知っているんだろう。コレットが死んでしまうことは初めから知っていた。でも、器とは、どういうことなのか。

「先生、レイラ。いいんです」
「でも、コレット……」
「みんな、ごめんね。心配かけて。今はちょっと大変だけど、完全に天使になったら、もっと過ごしやすくなるかもしれないでしょ? だからだいじょぶ」
「でも辛いじゃないか! 疲れたら寝たいだろ。好きだったものの味を懐かしく思ったりしないのか? 誰かと手を握っても、その人の温かさも感じられないなんて……世界再生なんてやめちまいなよ!」
「ありがと、しいな。でもここでやめたら、世界中の苦しんでいる人が救われないから。私、世界再生のために生まれたんだから、ちゃんと自分の仕事をするよ、ね?」
「そうだな。……それが神子の宿命だ」
「何かないのか? コレットが天使にならなくて済む方法が……」
「私が天使になることで世界は再生されるんだ。今までも……これからもきっとそうなんだよ。だから……」
「じゃあ本当にこのままでいいのか?」

コレットは僅かに俯く。

「……うん。私、天使になる。お父様もそれを望んでるんだもの」
「どっちの親父だよ」
「きっとどっちのお父様も……望んでるよ」
「……分かったわ。でもコレット。あなたが選んだ道はとても辛い道なのよ?」
「はい、先生」

ロイドは1人、憤る。

「……俺は、認めない。絶対、何か道はある筈だ」

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