もう1つの世界

塔を出てしばらく歩いていて、コレットの体がふらつく。
皆もう慣れたものだが、初めて見るしいなは驚いて固まる。

「コレット……」

レイラはその体を受け止める。食事を必要としなくなった体は以前より随分軽く感じる。

「先生! コレットの天使疾患が……」
「分かりました。今日はここで休みましょう」
「…………」

コレットが息を吐き出す。そこで彼女は異変に気付く。

「……? ……」

コレットは口をはくはくと動かし、喉に手を当てるが、出て来るのは掠れた息だけ。

「コレット、どうしたんだ!?」
「……声を失ったのではないか」

クラトスがそれを告げると、皆驚く。

「そんな!」
「…………」

そんな皆の様子を見つめて、しいなは考え込んでいた。

コレットのことを心配しながらも、夜は更けていた頃。
しいなが意を決したように、立ち上がった。

「……みんな。聞いてくれないかな」
「どうしたんだ、急に」
「どうしてあたしが神子の命を狙っていたのか話しておきたいんだよ」
「聞きましょう。この世界には存在しないあなたの国のことを」
「知ってたのか!?」

リフィルの了承の言葉に、しいなが驚く。

「いいえ。でもあなたが言ったのよ。シルヴァラントは救われるって。それなら、あなたはシルヴァラントの人間ではないってことでしょう」

リフィルの推測にしいなはただ感心するだけ。

「ああ……あんたは本当にシルヴァラントにはもったいない頭脳を持ってるんだね。その通りさ。あたしの国はここにはない。このシルヴァラントには」

しいなの国の名は『テセアラ』、月の別の呼び方。おとぎ話には、テセアラの人たちは月に移住したなんてものがある。
けれど、しいなの国は月ではなく、地上のものだ。
2つの世界は常に隣り合って存在している。ただ、見えないだけ。
見ることも触れることもできないけれど、すぐ隣に存在して干渉しあっている。

「干渉しあうってどういうことだ」
「マナを搾取しあっている」

搾取している、それは、シルヴァラントが衰退している原因はつまり。レイラは声を上げる。

「搾取!? まさか……」
「そのまさかさ。片方の世界が衰退する時、その世界に存在するマナは全てもう片方の世界へ流れ込む。その結果、常に片方の世界は繁栄し、片方の世界は衰退する。砂時計みたいにね」
「待ってよ。それじゃあ今のシルヴァラントは……」

シルヴァラントのマナは今も、減り続けている。それは、シルヴァラントのマナがテセアラに注がれているから。マナがなければ作物は育たないし魔法も使えなくなる。女神マーテルと共に世界を守護する精霊も、マナがなくてはシルヴァラントでは暮らせない。

「じゃあ神子による世界再生は、マナの流れを逆転させる作業なの?」
「そういうことだね。神子が封印を解放するとマナの流れが逆転して、封印を司る精霊が目を覚ます。
あたしはこの世界再生を阻止するために送られてきた。
超えられないはずの空間の亀裂を突き抜けて、テセアラを守るために」

それが、しいながここに来て、コレットの命を狙った目的。

「それはシルヴァラントを見殺しにするってことか」
「そう言うけど、あんたたちだって再生を行うことによって、確かに存在しているテセアラを滅亡させようとしているんだ。やってることは同じだよ」

リフィルがあまりの事実に首を振る。

「信じられないわ」
「あたしが、証人だ。あたしはこの世界では失われた召喚の技術を持っている」

しいな自身が、テセアラが存在することの証。その文化も、技術も、何もかもシルヴァラントには存在しない。

「…………」

コレットが不安そうな眼差しでしいなを見る。

「……そんな目で見ないどくれ、コレット。あんたがそんなつもりじゃないことは分かってるよ。あたしだってどうしていいのか分かんないんだ。テセアラを守るために来たけど、この世界は貧しくてみんな苦しんでてさ。でもあたしが世界再生を許してしまったら。テセアラがここと同じようになってしまう」
「でも今は、ボクたちに協力してくれてるよね」
「だからってテセアラを見捨てることはできないよ! あたしには分からないんだ。
なあ、他に道はないのか? シルヴァラントもテセアラも、コレットも幸せになれる道はサ!」
「俺だって、知りたいよ!」

優しすぎるしいなに、リフィルが現実を突きつける。

「そんな都合のいいものは、現実にはないのではなくて?」
「……我々にできる最善のことは今、危機に瀕しているシルヴァラントを救うことだ」
「……それしか、今は道はないから」

ロイドが、他の道を、と提案してみる。

「たとえば、世界を再生しないでディザイアンだけ倒したらどうかな」
「確かに牧場は破壊してきた。しかしディザイアン全員を滅ぼせるわけではない。マナもやがて枯渇する」

ロイドは納得いかないように唸る。

「マナってそんなに大事なものなのか?」
「魔法使いや学者以外はあまり気にしたことないかもね。命にとって、マナは水よりも大切なものなんだよ。それがなければ、大地は死ぬんだ。全てを構成する源がマナなんだよ。ボクはそう学んだ」
「おとぎ話のようにマナを生み出す大樹はこの世のどこにもない。私たちは限られたマナを切り崩して生きているのよ。かつての魔科学がどうして失われたと思う?」
「世界からマナが消えたから」
「そう。魔科学はマナを大量に消費するの。このままではシルヴァラントもいずれ魔科学同様、マナを失って消滅するわ」

コレットがロイドの手を取り、その手のひらに指をなぞる。

「コレット? レ……ミ……エ……
……ああ! 文字を書いてくれてるんだな?」

ロイドがコレットの書く文字を読み上げていく。

「レミエル様に……お願い……してみる……2つの……世界を……救う方法がないか……」
「……もしもうまくいかなかったら、あたしはやっぱりアンタを殺すかもしれない」
「しいな!」
「その時は……私も……戦うかもしれない……私も……シルヴァラントが……好きだから……」
「……分かったよ。どうあっても、アンタは天使になるんだね」

しいなは、コレットの決意を目にし、それまで待ってくれると言う。

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