優しい音色
指名手配されているものの、道行く人たちはこちらを見かけると慌てて目をそらす者がほとんど、中には心配そうに見やる人までいた。ゼロスの人徳が垣間見えた。腐っても神子、ということだろう。
おかげで何事もなく屋敷に到着できた。
「お帰りなさいませ、神子様」
入れば、執事が出迎えてくれた。
「おう。お帰りになられたぜ〜。何か変わったことはあったか?」
「教皇様とテセアラ18世陛下の使者より、神子様が戻られ次第通報するようにと仰られましたが」
「無視していいからな」
「は、左様でございますか。そちらさまは……?」
「俺さまのハニーたち。てけとーに寛いでくれや」
「何かございましたら私セバスチャンまでどうぞ。ハニー様」
ゼロスの軽いノリにも全く動じることなく執事は対応していった。流石と言うべきか。
「……誰がハニーだっつーの」
大真面目にハニーと言うから逆に笑いそうなくらいだ。笑ったらロイドが怒りそうだから堪える。
レイラはホールに置かれたピアノが気になった。
蓋を上げて、鍵盤に触れる。綺麗な音が響いた。
「へえ、レイラちゃん音楽好きなの?」
「……さあ」
デリス・カーラーンにおいては必要ないから全く触れてこなかった。イセリアでも特に触れる機会もなかった。レイラはそういう方面は本当に無知なのだった。
「……ま、そりゃそうだよな」
ゼロスも察したか、それ以上は聞くことはなかった。
レイラはただ、鍵盤を叩いて適当に音を鳴らすだけ。
「あ、おっきなピアノだね〜」
「でしょ〜?」
コレットも初めて見る物に興味津々。ゼロスは自慢げだ。
コレットが弾きたいと言うため、その場を替わった。
「ピアノなんて弾けるの?」
「教会でオルガンの弾き方は習ってたの。こんなおっきなピアノは初めてだけどね」
コレットははにかみながらも鍵盤に手を置いて、指を動かして音を紡いでいった。同じピアノなのに、先ほどレイラが鳴らしていた時と音色が全然違った。コレットらしい優しく、それでいて深みのある音色。
ピアノから音を紡ぎながら、そこに歌声も交えたコレットはどこか安心感をもたらしてくれて。心が暖かいものに包まれるような感覚がした。
「……間違ってる」
「え!? 私どこか間違えちゃった!?」
レイラの呟きをコレットはしっかり聞き取り、慌てた。
「そうじゃないよ。あのままクルシスに連れて行かれてたら、コレットの優しい歌も、心も、何もかもなくなっちゃうんだって思ったら、クルシスはやっぱり間違ってるんだって」
レイラは胸の思いをありのまま告げる。
「……ありがと、レイラ」
コレットとレイラ、2人笑みを浮かべた。
世界再生から逃げ出したことはコレットにとって大きな負い目となるだろうけど。今度こそ、そんなコレットを守りたい。失うためでなく、これから先、失われることなく笑っていられるために。