隠したもの
その夜、レイラは寝付けなくてバルコニーに出ていた。
「……本当に裏切るつもりとはな」
頭上から降ってきた声に咄嗟に警戒心を剥き出しにすると、屋根から声の主が降りてきた。
「ゼロス……」
宵闇でも目を引く赤を見て、更に警戒を強める。
「……だったらどうする?」
「別に? 放っておけばいいって言われてるしよ。ただ……」
ゼロスは鋭い視線をレイラに飛ばす。
「俺のこと、バラされたりでもしたら困るからな」
「……道理で、ずっと私から目を離さなかったんだ」
ゼロスがクルシスと通じていることをレイラは知っている。それをロイドたちに話したりすればゼロスは密偵ができなくなる。
レイラとて、ロイドたちを危険に晒す要因たるゼロスをどうにかしなくてはと思っていた。だけど、
「……あなたのことを話すということは、私がクルシスの者だったってばらすようなもの。話したくても話せない」
ロイドたちならレイラのことを信じてくれる思いたい。それでも、もし拒絶されたらと思うと、知られるのが怖かった。
「へえ〜。もう疑われてるってのに?」
「……ばれたら、その時は仕方ないから……」
その時は、ありのままを話そう。たとえ信じてもらえなくても。
「なるほどね。それなら、こういうのはどうだ?」
「……?」
「互いに秘密がバレたら困る身だ。なら、俺はレイラの秘密を守り、レイラは俺の秘密を守れば何も心配はない」
「……取引ということ? 互いが互いのことに口を閉ざすと……」
「そういうこと。悪くない取引だろ?」
レイラは目を閉じて思案する。応じるか、応じないか。
答えは、すぐに出た。
「……分かった、乗る」
ロイドたちと一緒にいて、傍で守るために、かえってロイドたちを危機に陥れかねない行為を。
矛盾しているが、反故にしたら最悪の事態になることは目に見えている。選択肢はひとつしかなかった。
「……んじゃ、取引成立だ」
これで用は済んだ、とばかりにゼロスは来た時とは逆に屋根に飛び乗り、レイラの目の前から去って行った。
レイラは手が痛みを訴えるほど強く、拳を握り締めた。矛盾した行為は、全てを忘れて、何も知らなかった頃のようにはもういかないと再確認させられたようで、悔しさがこみ上げてきた。
――翼を忘れた天使は、今度は翼を隠した天使と成った。