やさしい理想論者

「我らの頭領イガグリ老は病のため、この副頭領タイガがお相手仕る。
しいながお主らを殺せなんだことによって、我らミズホの民はテセアラ王家とマーテル教会から追われる立場となった。これはご理解頂こう」

タイガの言葉にしいながやや顔を伏せる。

「そんな……本当なのか?」
「間違いない。そのような話になっていた」

囚人の男がその事実の裏付けをしてくれた。

「そこで問いたい。シルヴァラントの民よ。お主らは敵地テセアラで何をするというのか?」
「俺もずっとそれを考えてた。ある人に、テセアラまで来て何をしたいのかって聞かれて、俺はどうしたいのかって」

初めはコレットのため。そして、その先にある目的。

「俺は、みんなが普通に暮らせる世界があればいいって思う。誰かが生贄にならなきゃいけなかったり、誰かが差別されたり、誰かが犠牲になったり、そんなのは……嫌だ」

コレットが、ジーニアスやリフィルが、仲間たちが苦しむのを見てきたロイドが、その結論に達するのは自然なことだった。
誰もが普通の暮らしを。簡単なようで1番難しい理想。

「お主は理想論者だな。テセアラとシルヴァラントは互いを犠牲にして繁栄する世界だ。その仕組みが変わらぬ限り、何を言っても詭弁になろう」

ロイドは立ち上がる。その目には強い意思がある。

「だったら仕組みを変えればいい! この世界はユグドラシルってヤツが作ったんだろ! 人やエルフに作られたものなら、俺たちの手で変えられる筈だ!」

本気で世界を変えようとするロイドの主張にタイガは笑い声を上げる。

「まるで英雄ミトスだな。決して相容れなかった2つの国に、共に生きていく方法があると諭し古代大戦を終結させた気高き理想主義者。お主はそのミトスのようになれるというのか?」
「俺はミトスじゃない。俺は俺のやり方で、仲間と一緒に2つの世界を救いたいんだ」

タイガが感心したように目を閉じる。

「……なるほどな。古いやり方にはこだわらないという訳か。では、我らも新たな道を模索しよう」
「副頭領、まさか……」

タイガの考えを察したしいなが聞く。その声色は僅かに嬉しそうだ。

「うむ。我らは我らの情報網でお主らに仕えよう。
その代わり、2つの世界が共に繁栄するその道筋ができあがった時、我らは我らの住処をシルヴァラントに要求する」
「要求するっていったって、俺に決定権がある訳じゃ……」

テセアラのような王家を持たないシルヴァラントに要求する先なんてない。あったとしてもそれはロイドではない。そのことにロイドは戸惑う。

「なに、我らミズホの小さな引越しをお主らが手伝えばそれでいいのだ」

タイガもそれは心得てるのか笑みを浮かべる。

「……みんな、いいか? ミズホの民と組んでも」

ロイドが皆に問いかける。

「それで2つの世界の関係が変わるなら」
「まあ、悪い取引ではないわね」
「ミズホの民が味方になるなら、心強いよ」
「さっさと話をまとめてプレセアを助けてあげようよ」
「俺さまはテセアラが無事なら、後はお前らの好きにすればいいと思うぜ」

二つ返事で、全員が了承した。若干怪しい者もいるが。

「よし、決まった。俺たちも2つの世界を変える方法を探す。協力しよう」
「うむ。では、しいなには引き続きロイド殿の同行を命ずる。ただし、今度は監視役ではないぞ。連絡役だ。存分に働けよ」
「は、はい!」

面と向かって皆の味方と言えるようになれたしいなは嬉しさを隠しながらも、隠しきれていない。レイラだって内心嬉しいのだから仕方ない。

「しかしタイガさんよ。そうすっと完全に王家と教会を敵に回すぜ?」
「では神子様にお尋ねしよう。2つの世界の片方を犠牲にする勢力と、2つの世界を生かそうとする勢力。神子様ならどちらに付かれる?」
「有利な方……といいたいが、まあ、普通は生かす方に力を貸してやりたいわな」

レイラはゼロスの言葉が心に引っかかった。有利な方。それは依然クルシスのまま。今のままでは彼が心変わりして完全にこちらの味方になることは有り得ない。

「そういうことです。当面我らは、レアバードの発見に全力を尽くします。幸いしいながレアバードに式神を付けていたようですので、そちらから辿ればすぐに発見できましょう」
「分かりました。よろしくお願いします」

レアバードのことは彼らに任せ、みんなは家を出て行った。

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