黎明 5

アイクの言葉通り、神使は森の入口で待っていた。他にも親衛隊やクリミア王女、待機していた傭兵団の者も揃っていた。
そこで神使を初めて見たミリアは驚きしかなかった。何せまだまだ幼い、子供であったのだから。
神使、サナキは鷺の民を前にし――

「……す……すまない……何と言って詫びれば……鷺の民に通じるのか……わたしには分からない。でも……わたしは、我が国民を代表して……心から、そなたたちに詫びる……すまない……すまなかった……」

膝を折り、涙を流し、精一杯の謝罪の言葉を述べたのだ。
その稚拙な言い回しは予め用意された物ではない。その場で浮かんだ言葉を、ただただ口に出している。
帝国の頂点たる神使が自ら膝を折ったことに親衛隊が見咎めるが、アイクに止められ、成り行きを見守ることに徹した。

「…………」
「……すまぬ……すまぬ……」
『……もう、いい……』

リュシオンはまだ信じきれないのか、頑なに黙っていた。
そこに動いたのは、リアーネだった。

「?」
「リアーネ!?」
『さ……立って』

神使の肩に手を置き、立つように促す。

「そなた……」
『もう、いいの。あなたのせいじゃないもの』
「リアーネ!?」
『兄様……もういいでしょ? この子を許してあげて。こんなに必死で……謝ってるもの……』
「リアーネ……許せるわけ……ないだろう!? 眠っていたお前は知らない……こいつらニンゲンが……私たちに何をしたのか……」
『知ってるわ。森が……教えてくれたもの』
「お前……知って……!?」

全てを知っていながらリアーネの目には一遍の憎しみもない。あるのは、哀しみだけだ。

『みんな……みんな……もう……いないんだって……』
「そうだ……みんな……もう……いない……だから……この恨みを捨てることなど……!」
『兄様……優しいリュシオン兄様。兄様は今悲しみのせいで心が曇ってる。そんな兄様を見るのは……とても辛いの……お願い……負の気に支配されないで……』
『リアーネ……』

リアーネの哀しみは、リュシオンが憎しみに囚われていることに対するもの。それを汲み取ったリュシオンはようやく首を縦に振る。

「分かった。お前がそう言うのなら……」

リュシオンは改めて、神使に向き合った。

「……神使サナキ。私たちは、あなたの謝罪を受け入れる。ニンゲ……ベオクに対する恨みまでは捨てられないが……それでも、今後、セリノスのことで、あなたが心を痛めることはない。……気持ちは受け取った」
「あ……ありがとう……」

神使は再び涙を流す。それを必死に拭う姿は、ただの幼い少女にしか見えない。
こんなにも高潔で優しい少女が神使として頂点に立っていながら、どうして元老院は我らを苦しめるのか、複雑な想いをミリアは抱いた。

リュシオンとリアーネは祭壇に立ち、精神を統一する。
そこに立ち合うのはティバーン達やミリアの他にも、リュシオンとリアーネに招かれた形で神使やその護衛、クリミア王女、グレイル傭兵団の面々がいた。

『――永久の嘆き悲しみ』

祭壇を間に2人は向き合い、【再生】の呪歌を謡い始める。

『時を止めて まどろむ心』

久しぶりに聴いた歌声は、変わらず清廉で耳心地が良い。それが、森全体に響き広がる。

『闇を払い 手と手触れ合う』

再び、この歌を聴く日が訪れるだなんて思っていなかった。
この歌は、祭壇で複数人で歌うことでようやく効果を表す。故に、その条件が揃うことなど二度と無いと思っていた。

『今もう一度』

2人の歌声に共鳴するように、森に光が――色が、広がっていく。
立ち枯れていた木々は緑をつけ、沼になっていた地は豊かな土となり、そこから瑞々しい草や色とりどりの花が伸び、小動物たちの鳴き声がそこかしこから聞こえる。
清浄な空気も、溢れる木漏れ陽も、鮮やかな色も、紛れもない、20年前には当たり前であった、そして失われた光景。それが、今蘇った。
光を浴びながら、その懐かしい光景にミリアはただひたすらに、目を奪われていた。

「よかった……」

ミリアの瞳から、涙が零れた。涙なんて流したのは、もういつぶりだろう。
涙と共に、胸に巣食う憎しみが綺麗に洗い流されるような、そんな感覚をミリアは覚えていた。

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