クリミア軍進撃 4
アイクの命令――とも言えないものだが、それを跳ね除け、更に長城内部へ突き進んでいた時。
「ッ!?」
矢が飛んできて、咄嗟にかわす。あと一瞬反応が遅ければ、射抜かれて命を落としていた所だった。
矢の主はすぐ分かった。赤い髪が印象的なスナイパーだ。
「チッ、オレもこんな半獣相手に外すとはな」
「外しはしたが、腕は悪くなかったな。もう少しで死んでいた」
「……ケッ」
相当な腕前だ。不用意に近寄れない。次も避けられる保証はない。
生憎、化身も解けてしまっている。仕方なく、一度離れようと思った矢先に。
「シノンさん!?」
傭兵団の一員の、小さな少年が喜々として男の元へ駆け寄った。
「……ヨファ」
「やっぱり、シノンさんだ!」
少年の姿を見やった男は、先程まで不機嫌だったのが、心なしか笑みを浮かべていた。
「いっちょまえに、弓構えた格好が様になってんじゃねえか」
「そ、そう? えへへ」
少年は寒さで赤らんでいた頬をさらに赤くした。
「お前は昔から、筋が良かった。オレの言った通りだったろ。鍛え方を考えれば、2人の兄貴どもより伸びるってな」
「先生が、よかったからだよ」
「そりゃ、そうだ。お前、そのことを他の奴にばらしてねえだろうな?」
「うん、言ってない。ぼく、約束はちゃんと守るよ」
「そっか、偉いぞ」
「へへ」
この2人のやりとりは到底敵同士とは思えないものがある。男の刺にまみれた雰囲気も和らいでいる。
だが、ヨファがにわかに悲しそうに眉を下げた。
「……ねえ、シノンさん」
「何だ?」
「シノンさんは……敵?」
「ああ」
即答されて、少年は涙をひっきりなしに流し、必死にそれを拭おうとする。
「……泣くな。こういうこともあるって教えてやったこと、忘れたのか?」
「……って……だって……」
「……さあて、師弟対決といくか」
アイクなどと違い、この男、傭兵の生き方が染み付いているのか、と内心で感心した。
ヨファもそれを教えられ、頭では分かっているのだろう。だが、初めて敵として立った見知った相手が自ら慕う師というのは、あまりにも酷だ。
「……相手が悪すぎたな。落ち着け」
「う……うん……」
ミリアはヨファの背をさする。シノンも流石にこの状態のヨファを相手にするのは気が引けるのか、弓は構えても射ってはこない。
「ヨファ、どうした……シノン!?」
やがて追いついてきたアイクがシノンの姿を見て目を見開く。
「よお、てめえか」
「シノン……」
驚きのおさまったアイクは静かに、剣を構えた。