託されしもの 1

クリミア軍初戦の勢いを保ったまま、軍はデイン王国へ進軍していく。
そんな最中のことであった。

「お呼びで? 軍師殿」

ミリアはセネリオから呼び出されていた。

「今後も、キルヴァス兵がデイン軍に加わることが予想されます。対策を立てるため、あなたの分かることを話してください」
「……大した情報はないが、まあいいだろう」

キルヴァス兵が敵に、となればミリアを当たるのはごく自然なことだろう。中にはミリアの内通を疑う者もいるが、この軍師はミリアを利用する方針のようだ。合理的な判断だ。
分かる限りで、部隊の規模などを話していく。それらをネサラがどんな配備にするかの予測も。

「……遠からず、王自ら出ると思う。この軍で我らが王に太刀打ちできる者はいないだろう――私含めてな。それだけは警戒しておくことだ」
「分かりました。もう十分です」

用が済み、天幕から出る。話をしただけなのに、何だか気疲れしてきた。ミリアは、静かに息をつく。白い息が出てくる。
セネリオの人を拒絶するような雰囲気もそうだが、それを抜きにしてもミリアは彼が苦手だ。
何せ、彼は【親無し】なのだから。言い伝えには聞いたことはあったが、こうして目の前で話すのは初めてだ。見た目や匂いはベオクに近いのに、本能が彼らに恐怖すら抱く。

「……大丈夫か?」

不意に、別の天幕から出てきたアイクに話しかけられた。

「……何に対してだ?」
「いや、同じ国の奴らと戦うのはやっぱり、負担になってるんじゃないかと思ってな。それに、鴉であるあんたに何か言ってくる奴もいるだろう。クリミア軍にいるのは、あんたにとって相当辛いことなんじゃないか?」

どうやら、軍の中にミリアに難癖を付ける者がいることにアイクは気付いていたらしい。

「……愚問だな。私はリュシオン王子を守るためここにいる。たとえ祖国相手でも、それを反故にするつもりはない。
それに……鴉だからとやっかみを受けるのには慣れきっている。デイン軍にいようがクリミア軍にいようが同じだ」

ベオクには半獣と罵られ、ラグズにはラグズの面汚しだと後ろ指を差される。そんなのはもはや今更だ。どこにいても安らぐ場所はない。

「だが、たった1人でここにいるのと、鴉たちと混ざっているの、どっちが楽かと言えば、明らかに後者だろう」
「……確かに、な。だがな、金の払いがいいだけで何の義理もないデイン軍と、困窮しているが恩があるクリミア軍じゃ、後者の方が私はいい」
「……あんたにとって、クリミア軍に恩なんてあったか?」
「セリノスのことだ。かつて鴉の民は鷺や鷹と袂を別れたが、元は皆、兄弟も同然だった。今も、私にとって彼らは大切な同胞だ。もっとも、彼らはそうは思っていないだろうがな……」
「…………」
「口が過ぎたな。今のは忘れろ」

獣牙族あたりと比べれば、鳥翼族は同胞意識が薄い。ミリアが変わっているだけなのだ。
強引に話を切ったミリアはそのまま、自らに与えられた天幕へ戻っていった。

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