託されしもの 4
「リュシオン! おい、リュシオン!」
「……うるさい!」
ネサラの呼びかけにリュシオンが反応を返せば、後は成り行きを見守るのがミリアのすること。
リュシオンは不機嫌で、ネサラもこれには半ばお手上げ。ひたすら頭を下げるしかなく。
「……お前が私を騙して森に連れて行かなければ……リアーネに会えなかったかもしれない。だから、一度だけ許してやってもいい」
何度も頭を下げられてやっと、リュシオンも許す気になった。とはいうものの勿論ただではない。条件はキルヴァス兵の撤退。
ネサラも譲りたくなかったが、このままではリュシオンと戦わなればならない。流石にそれはネサラの望むところではなく、とうとう折れて、了承した。
「だが、この先のことまでは約束しかねる。こっちは、国の存続がかかってるんでね」
ネサラの言葉はミリアの胸に刺のように刺さった。もしかしたら今後、彼らを裏切らざるを得ないこともあるのかもしれない。今はまだいいが、本当にどちらも危険な時、優先すべきはキルヴァスの民だ。誓約は重く、キルヴァスを確実に追い詰めている。
話は終わり、ネサラはミリアに話を振る。
「ミリア。これから与える命令をきっちり果たせるなら、勝手に動いたことはチャラにしてやる」
「命令?」
思わず身構えてしまう。
「……リュシオンを、頼んだ。無事に送り届けてやってくれ」
「……了解です」
元より、そのつもりだ。ミリアが確かに頷いたことを確認したネサラは、兵に撤退命令を下す。
「よーし、野郎ども! キルヴァスはここから兵を退く。全員、ただちに撤退しろ!」
キルヴァス兵たちは即座に、戦場から離れていった。
「……よかった。これでミリアさんが仲間と戦うことはないんだよね」
ミストがほっ、と息をついた。
「別にそれくらいどうということは……」
「そんなの、よくないよ!」
「……私1人、甘えるわけにはいかないだろう。なら、ジルはどうなる」
ミリアは前線に立つ竜騎士を見やった。元はデインの兵で、半ば成り行きで傭兵団に同行したが、今は自ら進んで戦場に立っていると聞いている。
同じ国の者を手にかけているという意味では、彼女も同じだ。
「その、ジルのことなんだけど……」
ミストは眉を下げる。気がかりがある様子だ。戦場で長話は命取り。戦いが終わるまでは話を中断することとにした。
そして、敵将を討ち取り、戦いに決着はついた。後始末の傍らでミストの話を聞く。
「このまま行けば……ジルはお父さんと戦うかもしれないって……」
「そうか。彼女がそう言ったのか?」
「ううん。眼帯をした男の人が来て、ジルと話していたの。ジルは、戸惑いはないみたいだったけど……」
「……それなら、何も言うことはないだろう」
ジルが弱音を吐いたならともかく、当人が覚悟を決めたのなら、何を言っても仕方ない。
「そんな!」
「何か余計なことを言えば、彼女の決心に水を差すことになりかねない……心配なのは分かるが、肉親と戦うというのは、不安定な問題なんだ」
「うん……」
ミストは納得はしきれていないようだが、彼女なりに考えてみると、そう言ってこの話は終わりにした。
天幕の1つから出てきたアイクを見てミリアは声をかけた。
「元気がないようだな。大丈夫か?」
「あぁ……」
生返事だけして、アイクはさっさと自らの天幕に戻ってしまった。
「ミストといい、アイクといい……」
兄妹揃ってこうも落ち込んでいては、調子が狂う。ミリアはため息をついた。吐き出た息は、白かった。