1人、歌う 1

ある日、ベグニオンから正規軍の援軍が寄越された。手放しで喜べるようなことではないが。
彼らに手柄を横取りされれば、クリミアの独立国としての再興の夢は露と消えてしまう。
兵力の足りないクリミア軍に援軍はありがたいが、ある意味デイン以上に厄介な相手だとミリアは思う。
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか城からネヴァサに出ていたようだ。

「今だ!」
「なっ、うわっ!?」

ベオクにぶつかられ、その隙に財布を奪われてしまう。

「ちっ、待て!」

盗んだベオクを追いかける。向こうは足、こちらは翼。すぐに捕まえられた。

「は、離せ!」
「盗んだものをすぐに出せ。そうすれば見逃してやる」

捕まえたのはヨファと同じ年頃の茶色の髪の少年。剣を携えてる。

「ちぇ、分かったよ。ほら」
「…………」

逃げられないと悟れば、素直に財布を返してくれた。

「……私の不注意もあるが、見事な手腕だった。戦いの腕を上げたらそこらの兵より強くなれるだろうな」
「本当に!? でも、アシュナードはここにはいないんだよな……」
「そうだな……。お前、死ぬなよ」

素直で有望な少年。もう会うこともないだろうと、少し惜しい気持ちながら手を振り別れを告げた。


「あんた……」
「……見てたのか?」

偶然にも、サザと鉢合わせた。

「盗まれた相手に、よく見逃したな」
「私とて、生きるためならどんな汚い手も使った。食べるものや金がなくなればベオクから奪い取り、施しがもらえると聞けば奴隷のような真似だってした。私に、あの少年を責める資格なんてない」
「……生きるためなら、どんなこともしていいっていうのか?」
「……さあな」

そんなの、何が正しいかなんて一概に言えない。

「……それでも、生きるためだからと、皆を欺くのは嫌だが……」
「……え?」
「……独り言だ。気にするな」

キルヴァスが生きるためには、フェニキスやセリノスを欺き、元老院に従う他ない。元老院はデインやクリミアを歯牙にもかけていないからキルヴァスがデインに雇われても元老院から咎められることはないが。デインに雇われていたのは、単純に報酬目当てなのと、誓約のことを隠すためのカモフラージュも兼ねていた。

「……どうしてあんなこと、話したのか」

或いは、ミリア自身も予期していなかった未来を予感していたのかもしれない。
忌々しい、あの誓約。それがきっかけで奇妙な縁ができるなんて今のミリアには想像もつかなかっただろう。

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