山岳を越えて 2

ティバーンが話したいことがあるというため、戦いの中核をなす者たちが集まっていた。エリンシアを筆頭に、獅子王カイネギス、鷹王ティバーンに、セリノス王子リュシオン、ガリアの将としてライ。将軍であるアイクは勿論、傭兵団の副長ティアマト。それに、ミストやセネリオもいる。
ミリアも、一応キルヴァス王の名代という名目でそこに同列していた。ミリアが参戦しているのは個人のことでキルヴァスは関係ないと言ったものの、ティバーンにどうしても、と押されてしまった。
アイクは深刻な面持ちで、話を始めた。

「……軍議を始める前に、皆に、話しておきたいことがある。その話の内容には……俺たちの両親が大きく関わってくる。妹にはずっと黙ってきたが……この機会に聞かせておきたいと思った。だから、ここに呼んである」
「……わかった、続けてくれ」
「……ことの始まりは、エリンシア姫を助けて、ガリアの森に足を踏み入れた時だ……」

アイクが語ったのは、父親の死に目から始まり、それに起因する、メダリオンのこと。更には、かつてそのメダリオンに触れてしまい、暴走した父親を止めるため、母親が父親の剣を受け止めて死んだこと。

「……これが、俺の知った全てのことだ……」

その話を聞いて、ミストは顔色が蒼白になる。

「……お……お父さんが……お母さん……を……そんな……嘘でしょ……?」
「ミスト……席を外す?」
「え……ううん……だいじょうぶ……だいじょうぶ……だよ。ちょっと混乱……してる……だけ……」
「……ミスト……」
「……無理もない」

けどミストだけではない。他の面々も神妙な面持ちになる。

「……そこまでの話だったとは……」
「……最初から、デインとクリミアだけの問題じゃなかったってことか……」
「デイン王アシュナードの真の企みとは……一体……」
「奴は20年も昔……国王となる前からメダリオンの邪神を解放する企みを持っておったのだ……。しかし、それはグレイルとエルナによって阻まれた……」
「……邪神というのは、一体どういう存在なんだ? 解放されると、どうなるんだ?」
「……800年前のような天変地異が起きるかもしれん。その時は……テリウス以外の全ての大陸が全て海の底へと沈んだ」

エリンシアが目を丸くする。

「それは……真実なんですか? おとぎ話だとばかり……」
「生きた証拠がおる。ゴルドア王国のデギンハンザーは、女神と他の英雄2人と共に、邪神と戦ったのだからな……」
「ゴルドア王が……英雄の1人だったのですか? そして今尚……生きておられる……?」
「黒竜王デギンハンザーは、化石みたいに頑固な親父だ。何かっていうと『戦火を不用意に広げるな』だの、『エルランのメダリオンがある限り、大陸全土を巻き込むような戦乱を起こしてはならぬ』だとか言って、俺たちを牽制しやがる」

ティバーンの言葉に気付いたのはセネリオだ。

「……『戦乱を起こしてはならぬ』? もしかすると……邪神の解放は、呪歌でなくとも起こるものなのですか?」
「へえ……よく気付いたな。確かに黒竜王はそう言ってる。けど、本当かどうかは眉唾もんだ。こうして戦が起きても、邪神は復活してないじゃねえか?」

セネリオは思案し、そして結論を導き出す。

「……デイン王の狙い……わかったかもしれません」
「本当か!?」

セネリオの推測はこうだ。
アシュナードは呪歌ではなく戦乱を起こすことでの解放を試そうと考えた。
そのために、まず隣国クリミアを攻めた。そうして、クリミアからガリアを巻き込んでいき、やがては自ずとベグニオンも関わってくることになる。
そうして、戦を広げ、メダリオンに届かせるため大陸中に負の気を広げる。
邪神の解放が目的なら、確かに理に適った手段だ。

「……では、これから王都に攻め込もうという我らの企みもまた……奴の計略の1つか。邪神を解放させる引き金となりうるわけだな」
「……と言って、今更やめるわけにはいかない。この戦いはすでに引き返せないところまできているからな」
「デインを潰さない限り、この脅威は去らない。……奴らを倒して、全てを終わらせないと」
「うむ……それしか策はないだろうな」

戦を止めても、デインが止まるわけではない。アシュナードの手の内で踊らされ続けるしかない。
リュシオンが目を閉じる。

「せめて、メダリオンがここにあれば……」
「何か回避する手段が?」
「私たちエルランの末裔は……【微睡】の呪歌によって、メダリオンに封じられた邪神の【負】の気を……抑えることができる。たとえ、大きな戦いが起きたとしても……この手にあれば……もしかしたら……」

リュシオンが拳を握れば、ミストが涙を流す。

「……ごめん……なさい……! わたしの不注意で……メダリオンを……なくしてしまって……」
「ミスト! お前のせいじゃないと言っただろう」
「だって……」
「……ミストちゃんの不注意なんかじゃないわ。私、知ってるもの。ミストちゃんがメダリオンをいつも肌身離さず身につけていたこと。お母さんの形見だと言って、いつも……とても大切にしていたでしょう? だから、ミストちゃんにはなんの責任もないの。泣かないで、ね?」
「……エリンシアさま……」
「そうそう。どこにあったって、結局は解放される可能性があるならいっしょだって!」
「……ライさん……」
「この場にいる誰も、ミストに責任を感じていない。だから、気負う必要はないんだ」
「ミリアさん……みんな、ありがとうございます……」

ミストの涙も収まってきた。
その頃合をかねて、ティバーンがようやく重い口を開いた。

「……そろそろ、俺の話す番だな。リュシオン!」
「はい」

徐に、ティバーンはリュシオンに対し膝をつき頭を下げた。それも、深く。

「すまん……!」
「……!? ど、どうしたんですか?」

ただならぬ事態にリュシオンだけでなく他の面々も驚くが、それから告げられた事実は、皆をどよめかせた。

「リアーネが攫われた……恐らく……デイン王の手の者によって」
「ま……さか……」
「どうして、リアーネが攫われるんだ? 【解放】の呪歌は、オルティナという娘にしか謡えないはずだ」
「……だが、その事実を……デイン王は……知らない……」
「……!」
「まいったな……いよいよ、こんがらがってきちまった……」

ミリアは、生きた心地がしなかった。リアーネが攫われ、もしかしたらリーリアと同じ末路を辿るかもしれない。そう思うと、目の前が真っ暗になりそうだった。

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