辺境の獣

数日前、ラグズの王たちがゴルドアに集まり会議を開いた。
彼らはこの戦争に対し、デインから宣戦布告ないし、それに準ずる行動を取られない限り、手出しは無用と結論づけた。とはいえ、既にデインと契約を結んでいたキルヴァスには関係のないこと。
今日、珍しくリュシオンがキルヴァスを訪れてきた。ミリアとニアルチはその応対にあたる。

「これは! セリノスの若君! よくぞおいでくださいました」
「お久しぶりですね、リュシオン王子」
「ニアルチ、ミリア、元気そうだな」
「はい。おかげさまで、この爺めも、ミリア嬢様もぴんぴんしておりますぞ。……ロライゼ王のご様子はいかがですかな?」

ニアルチの質問に、リュシオンはにわかに顔を曇らせた。

「……相変わらずだ。父上は、あの日以来床に就いたまま……起き上がることもほとんどない……」
「無理もございません。たった数日のうちにご家族、そして民のほぼ全てを失われたのですから」
「思えば、あの日ラフィエル王子がいなくなられたのも、あの虐殺の予兆であったのかもしれません……思い出すだけで、歯痒い思いに駆られます……」
「…………」

ニアルチは涙ぐみ、リュシオンは静かな憤りを募らせる。ミリアも、苛立ちを感じる。自らの無力さに。
涙を拭ったニアルチがせめてと明るい顔を見せる。

「ですが、あなたさまお1人でもお子が残られてよかった。リュシオン王子、この老いぼれにできることがあれば、なんなりとお申しつけくだされ」
「フェニキスほどではなくとも、私達にできることであれば力を貸します」
「ありがとう。その気持ちだけでも嬉しいよ」

リュシオンが僅かに笑顔を見せる。その時、ネサラが部屋に入ってくる。

「待たせたな、リュシオン。ニアルチ! 昔話は後でいいだろう。ミリアも何もニアルチに流されることない。お前らは下がっていろ」
「はいはい、積もる話もございましょうし、これで退散しますとも。では、リュシオン王子、ごゆるりと……」
「何かあれば呼んでください」

ニアルチと共に、ミリアもネサラとリュシオンを残して退室していった。
城を歩いていると、部下に呼び止められる。

「ミリア様! 王に客人が訪ねてきましたが」
「別室に通しておけ。王は現在リュシオン王子と会談中だ」
「はっ!」

この時のミリアは、この客人の起こした出来事がきっかけで予想だにしなかった事態になるなんて、まだ想像だにしていなかった――

客人を迎えた後、ネサラがやけに動揺していた。何があったか聞くととんでもない事実が発覚した。

「……今日来た客――タナス公に、リュシオンを見られた。迂闊だった……」
「そんな!」

それだけ聞けば、タナス公がどのような要求をしてきたかなど自ずと分かる。
タナス公オリヴァー、彼は美しいものに目がなく、鷺の民などは格好の餌食だ。是非とも自らの手中に収めたいと思っているだろう。
もっとも、鷺の民は絶滅したと思われており、奴隷商人たちの間では高値がついている。彼でなくとも貴族連中にとっては喉から手が出るほど欲しがるものだ。

「厄介なことになりましたね……」

末席とはいえタナス公は元老院議員。要求を跳ね除けることは不可能。

「あぁ。俺は兵を引き連れて、リュシオンを引き渡す」
「私も共に……」
「お前は待っていろ」
「えっ?」

同行を申し出ようとして、ネサラから却下された。

「キルヴァスから動くな。ここで待ってろ」
「は、はい……」

ネサラから下された命令に納得がいかぬまま、ミリアはキルヴァスを発つネサラを見送っていった。

「……また、何でも1人だけで背負おうとする」

場合によっては交渉事にミリアを連れて行かないことはあるが、タナス公相手なら連れて行くことがほとんどだ。見目に優れるミリアがいればあちらも機嫌をよくして気前も良くなる。だというのに連れて行かないのは、リュシオンを売る、その嫌な行為に加担させないためか。
ネサラだって心苦しい筈なのに1人だけで全て引き受けて。これでは何のために傍に居続けているのか分からない。ミリアはひとり不貞腐れていた。

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