ベグニオンの贖罪

リュシオンを引き渡すべくネサラが出ていった翌日。
ネサラはほとぼりが冷めたらリュシオンを迎えに行く心積りだろうが、ミリアはいてもたってもいられなかった。
それに、そんなに待っていてはデインの仕事で自由に動けなくなるかもしれない。

「……タナス公の領地はセリノスの近く……あの色の失った森を……あの方はご覧になられただろうか……」

鷺の民は非常に繊細だ。色の失ったセリノスの森を見れば強いショックで心に傷を負うだろうと、ティバーンたちは決してリュシオンをセリノスに近づけなかった。
ミリアも、あの森を見るのが辛くて極力避けていた。
だが――

「今、行かなくてはいけない……必ず、助けます……!」

命令には反することになるが、そんなことは構わない。リュシオンを助けることさえできたら、後でどんな処罰も受けよう。
幸か不幸か、タナス公は鷺の民の繊細さを理解している。命を取られたりすることはないと言いきれるのが救いだ。
ミリアは他の者に見咎められることのないよう、自室でこっそりと窓を開き、翼を広げる。そこから、飛び出し翼を羽ばたかせ飛び立った。
目指すは、ベグニオン帝国――タナス公の屋敷へと。

持てるだけの全力を出し、ミリアは最速で目的の場所へ着いた。
タナス公の屋敷の様子を、警備兵や偵察しているキルヴァス兵たちに見られない位置から伺う。だが、何かがおかしい。

「戦いの音……? 何が起きているんだ……?」

武器を打ち合う音、魔法を発動させる音が屋敷から響いてくる。
理由が何であれ、戦いが起きているなら、そこに鷺の民を置いておくのはよくない。そっと、屋敷の外観を回りリュシオンを探す。
死角から1つ1つ窓を覗いて部屋を確認していき、あの白き翼を見つけたのと、その部屋の扉が開き誰かが侵入したのは同時だった。

「リュシオン王子……!」
「……ここか!?」

部屋に入ってきたのは以前に見たクリミア王女の護衛を務める青い髪のニンゲン。何故ここに、と思いながら咄嗟に身を隠す。

「あんたが、セリノスの……無事だったか? 俺たちは、あんたを助けに来たんだ。そのケガは、あの男にやられたのか? すぐに手当を……」
「来るなっ!!」

中から漏れ聞こえる会話をミリアは訝しく思う。ニンゲンが奴隷を助けに来るとは、どういうことだろう。増してや、あのニンゲンは神使の元に身を寄せている。

「……セリノスの大虐殺を忘れるな。20年前、お前たちがしたことを私は決して許さない……!」

リュシオンの憎しみの篭った啖呵が聞こえたかと思うと、窓からリュシオンが飛び出した。

「リュシオン王子!」

飛び立った方角はセリノスの森がある方。そこに逃げるつもりなのだろう。
ミリアも咄嗟に飛び出し、追いかける。

「あ、おい! 待ってくれ! 話を……!」

ニンゲンの呼び止める言葉を背に受けながら。

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