帰還 5

巨大な竜は、主人が死んで尚、牙を剥くがイナがそっと触れた途端に、おとなしくなった。
竜に寄り添うイナは今にも涙を流しそうで。

「……あれは、あの娘のつがい。……死の間際に……正気を取り戻したようだ……」

そう告げたナーシルの声も微かに震えていて。
ラグズといえど、獣たちとつがいになることはない。それは竜鱗族とて同じ筈なのに、とミリアは不思議に思う。

「……ラジャイオン……」

でも、イナの声には愛しさに溢れていて、それが事実だとありありと語っていた。
不意に、同じように成り行きを見守っていたリアーネがリュシオンに声をかける。

『ねえ、兄様』
「リアーネ、どうしたんだ?」
『あの、羽の大きな竜さん……ラグズじゃないかな……?』
「まさか……」
『はっきりしないけれど、そんな気がするの』
『もし、あの竜がラグズなら……呪歌で化身が解けるかもしれないな』
『じゃ、謡いましょ』

そう決めた2人はラジャイオンとイナの前に立ち、呪歌を謡う。
【再生】の呪歌。あるべき姿を失ったものを元に戻す歌。
その清らかな歌声と共に、竜は――その姿を、人の姿へと戻していった。
彼はもはや虫の息だ。元の姿を取り戻せたも程なくして、イナの腕の中で、息を引き取った。

「う……うう……」

ここまで、涙のひとつ流すことなく耐えていたイナは、愛する者の死に、嗚咽を漏らした。

「……竜鱗族だったのか……」

驚いたアイクに、ナーシルが新たなる事実を告げる。

「そう……イナの婚約者だった……それが……デイン王の手によって狂わされ……姿を変えられたんだ……」
「……そうか……」

彼を助けるために、イナとナーシルはその身をデインに投じていたのだ。
そして、彼は永遠の眠りに就いた。きっと2人の目的を果たせなかっただろうけれど、愛する者の腕の中で逝けた彼は幸せだったろうと、ミリアは思う。
ラジャイオンの顔は、一片の苦しみもなく、安らかなものだから。

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