黎明 1

「リュシオン王子!」
「……何故お前がここに……」
「あなたを迎えに参りました。フェニキス王も心配しているでしょう。私がフェニキスまで送り届けます」

森の中でようやくリュシオンに追いつき、連れ戻すべく手を差し延べる。
だがその手を、リュシオンは取らなかった。

「……断る。私はネサラのせいでこんな目に遭っているんだ。その腹心であるお前に着いていき、フェニキスに帰れる保証はない」
「……そう、そうですよね。ではせめて、お傍にいさせてください。おひとりでは危険です」
「…………」

ミリアの懇願にリュシオンは何も言わなかった。拒絶はされなかったことにそっと胸を撫で下ろす。

「恐らくは、タナス公も、あの傭兵も、この森をしらみ潰しに探し回ります。でも立ち枯れたとはいえ木々に阻まれ、地面はぬかるんで沼にもなっている。彼らは思うように進めません。当分は奥であれば安全でしょう」

リュシオンもミリアも森の内部は把握している。それに足を取られるニンゲンと違って飛んでしまえば足場の悪さなど関係ない。

飛び立っている時、ふとリュシオンが怪我しているのを見つけた。

「リュシオン王子、手を……」
「この程度、平気だ」
「そんな訳にはいきません」

怪我をしているリュシオンの手を見せてもらい、持ち合わせの調合薬で応急処置を施す。どうやら骨にヒビが入っているようなので、布を巻いて固定しておく。
……骨にヒビを入れるなんて、何をしたのやら。大方の予想はつくが問い詰めることはしないでおく。

「……新鮮な木の実ではありませんが、何も口にしない訳にはいきませんから」

そう言ってリュシオンに革袋を渡す。中には乾燥させた木の実が入っている。この森で食料の調達は望めない。だからといって鷺の身体で少なくとも数日何も食べない訳にはいかない。新鮮な木の実を持ってくるのが理想だが、保存が利かないためやむなく乾燥させたものになってしまったが、ないよりは断然いい。

「……ありがとう……」
「……少しの辛抱です。きっと鷹王自ら、あなたを探しに来てくれます」

リュシオンを安心させようと、笑みを浮かべる。

「お前は、昔と変わってしまったと思っていた。だが、何も変わらないな……そうしていつも、私やリアーネのことによく気付いていた……自分だって不安でも、それを決して表に出さず……」
「…………」

リュシオンの言葉に、ミリアは俯いてしまう。

「お前は変わらないのに、ネサラは何故、あのようになってしまったんだ……」

彼だって、何も変わっていない。そう言いたくても、言えないもどかしさだけがミリアに残る。

 *

そうして数日を森で過ごしていた。とうとう、捜索の手が奥地にも伸びる。

「……ニンゲンたちが奥地に到達したようですね。幸い、タナス公の勢力と傭兵の勢力が互いに足止めになっています。今のうちに、移動しましょう。そろそろ鷹王が森に着く頃合。これをやり過ごせば、きっと帰れます」

ミリアがリュシオンに声をかける。だが、答えはない。

「王子……」

この森で、ニンゲンたちが争っていることが許せないのだろう。その気持ちはミリアにも分かる。
不意に、何かが聞こえてくる。北東の、遺跡のある方角から。高い、鐘のような音色――

「今のは……?」

リュシオンに問いかけようとした時、リュシオンは1人、信じられないような言葉を口にした。

「ニンゲンどもめ……再び、この森を踏み荒らすとは……! これ以上の蛮行を許すものか……!」
「王子!」
「さっきの……森の応えは気になるが……だが……奴らを森から追い払う方が先だ……!」
「な、なりません! そんなこと……!」

ミリアの言葉も聞き入れずリュシオンはさっさと祭壇へと飛び立ってしまった。
ミリアは慌てて追いかける。それだけは、絶対にさせてはならない……!

[ 6/84 ]
prev | next
戻る