我が名は混沌 1

導きの塔への道のり、その途上の町でその日は休息をとることになった。
食糧などの補充は、悪いと思いながらも店などから勝手に頂く。店番の石になった姿から目をそらしながら。
何を貰ったか、これまた最初の休息の時に調達した帳簿に記しておく。全てが終わった後、神使が貰った品の代金を支払う手筈となっているからだ。こうして記録しておかねば後々面倒なことになる。
ミリア自身の分に、ネサラやニアルチ、それからリアーネにも果物を用意して、待ち合わせの場所まで向かう。
そうして行った先には、思わぬ人物も居合わせていた。

「……こうして同じ隊となったが……俺はあんたを信用せんぞ! ラグズの裏切り者めが!」

獅子王カイネギスの甥であり、後継者たるスクリミル。キルヴァスの裏切りの怒りも冷めないのだろう。

「まあ、当然の反応だろうな。別にこっちも申し開きして許しを請うつもりはない」

ネサラもそれに特に驚くようなこともしない。
だがその態度は逆にスクリミルの神経を逆撫でしてしまったようだ。ネサラに対し怒鳴る。
そこにリアーネが割って入る。

『やめて! ネサラに乱暴しないで!』
「ええい、鷺の姫よ! そこをどけ!」
『嫌! あなたはそんなに大きいから、打たれたらネサラが壊れるでしょ!』

ひたすらネサラの身を案じるリアーネ。
リアーネの言葉が分からないスクリミルが訊けば、リアーネは現代語で言い直そうとするが、

「だめ、ネサラ……いじめる、の!」

未だ現代語の語彙が乏しいために、リアーネの主張が伝わりきらない言い方になってしまう。案の定スクリミルはリアーネが状況を理解してないと受け取ってしまう。

「いじめる!? そんな生易しいものではすまさん! こいつのせいで俺たちラグズ連合がどんな目に遭ったと思う!?」
「でも……ネサラも、してる。とても、とっても……!」

現代語での“ある言葉”の言い方が分からず、ネサラに問うた。

『苦しんでるって、どう言うの?』

流石にそれを訊かれてネサラも呆れる。それを今ここで教えてしまうのは、スクリミルに対し自分がそうであると主張してしまうようなもの。

「リアーネ、お前な……人の内側まで覗くもんじゃないぞ」
『ごめんなさい。私、ネサラが心配で』
「分かってる。けどな……それでお前が心を痛める必要は無い。これは俺が負うべき責任だ。俺はそれだけのことをやった。ここでスクリミルに八つ裂きにされても文句は言えない」
「殊勝な心がけだな、鴉王! ならば望み通り……この場で落とし前をつけさせてもらおう!」

スクリミルが化身し、ネサラに襲いかかろうとする。

「ネサラ……!」

ミリアは流石にこのままでは不味いと、止めようと飛び出そうとする。が、

「…………」

いつの間にか傍で同じように成り行きを見守っていたのだろう。サナキがミリアを止めるように手を上げて遮る。

「そなたが出ては、火に油を注ぐ結果になるやもしれぬ。いざとなればわたしが出よう」

サナキの主張はもっともだ。ミリアは今にも飛び出したい気持ちを抑える。
ネサラを庇うようにリアーネとニアルチが前に出るが、スクリミルは止まらない。ネサラも離れるよう言うが2人は離れそうにない。
そしてスクリミルの爪が振り下ろされる――咄嗟にネサラは舌打ちしながら2人を抱え空に逃れる。

「臆したか! 鴉王っ!」
「悪いが気が変わった。よく考えてみれば、お前より報復の優先順位の高い奴がいる。先にお前にやられたんじゃ、そいつの怒りを受けてやれなくなるからな」

恐らくは、ティバーンのことだ。あちらは国を攻め込まれている。
その言葉を聞いて、スクリミルは化身を解く。

「なるほど……それは道理だな」

あの粗暴な獅子とは思えないほど、あっさりと退いてくれた。

「……よかった……」

ミリアはほう、と胸を撫で下ろした。目下の危機は脱した。これで、全てが終わるまでは味方に殺されるなんてことはなくなるであろう。

[ 70/84 ]
prev | next
戻る