さまざまな歪み 2
「あの……」
少し戸惑った様子のミカヤが声をかけてきた。今日は次から次へと忙しいことだ。
「どうかしたのか?」
「いえ、大したことではないのですけど……」
少し思案してからミカヤは切り出す。
「鴉王さまが何か隠してる様子で……あなたなら分かるのではないかと思って……」
「ああ、そのこと……」
何を隠してるか、大体の見当はつく。
「私としては別に、あなたになら話しても構わないが、王が嫌がるから話せない。悪いな」
「いえ、無理を言ったのは私の方ですから」
ミカヤは申し訳なさそうに頭を軽く下げる。
「…………」
こうして対面してみると、彼女が【親無し】なのは間違いない。そして、僅かに恐れを抱いてしまう。
「……私たちのような存在は、やっぱり苦手でしょうか?」
「……これでも、前よりは平気なんだがな。不快にさせたならすまない」
長く話していられなかった以前に比べれば、多少恐れはあれど普通に話していられる。
「いいえ、私たちが人と違う存在なのは事実ですから」
「……お前たちについては分からないことだらけだ。女神によって禁忌の存在とされてる筈なのに、女神ユンヌはお前と一緒にいる……」
直接聞きたいところだが、曰く、今は少しへそを曲げてしまっていて話せないそうだ。
不意にミカヤが目を閉じ、何かを感じ取るように呟く。
「……私への僅かな恐れ、興味、そして……歩み寄りたいという意志――その気持ちだけでも十分なくらいです」
「まるで鷺の民だな」
内心を的確に言い当てられて驚いた。もしかしたら彼女の持つ血は鷺のものなのだろうか。
「鴉王さまの想いを読んでしまった時はすぐに心を閉ざされてしまったけど……あなたはそうしないのですね」
「見られて困るものでもないからな」
困るような部分は普段から隠すようにしている。不意にリアーネに話しかけられたりすることもある、そんな時に備えて常に隠すようにしていたのが思わぬ相手に功を奏した。
「……お前には私がどう見える?」
単なる興味本位と、もしかしたらミリアが隠せてるようで見えてしまっているかもしれない部分がないかの確認のため問うてみた。
「他には……鴉王さまやリアーネ様たちへの、暖かな思い……でしょうか。私にも分かるくらい、溢れています」
「ふぅん……」
「……分かるのは、これくらいでしょうか」
ミカヤ自身、鷺の民ほどはっきり読めるわけではないらしい。
癒しの手の力、女神の声を聞く力、人の心を読む力……様々な力でデインを導き、そして今も軍の中心に立っている彼女を、改めて見やる。
「……暁の巫女だなんて讃えられてたからどんな傑物かと思ってたんだが、少し人と違う力を持つだけ、意外と普通なんだな」
ミリアすら驚かされる大胆な発言や行動力、王にすら等しい実力と器を持つが、あくまで普通のベオクであり特別な力などは持たず、純粋な剣の腕だけで戦い抜くアイク。言動や行動はほとんどどこにでもいる普通の少女と同じ、強いて言えば少し行動力があるくらいで、こうして上に立つのも彼女自身よりその能力に依る面が大きいミカヤ。クリミアをなぞらえたデイン復活劇では似たような役割を担っていながら、彼らはまるで対照的だ。
「……普通……」
「気を悪くしたか?」
「いえ。巫女だ、なんだって言われても、実は今でも実感が湧かないくらいなんです。自分がそんなにすごい人だと思えなくて……」
「そうだろうな。それで堂々と構えていられるのはラグズの王者か……あるいはアイクくらいなものだ。
けど、エリンシア女王なんかも、今でこそ女王としての覚悟を決めて相応の振る舞いだが、以前は王としては未熟だった。
焦らず、時間をかけていけばあなたもいずれは巫女や将軍の地位が板につくだろう」
「……ありがとうございます。けど……」
ミリアの言葉にミカヤは僅かに顔を曇らせる。人と違う彼女は、そう長くはその地位にいられないからだろう。
「……全てが終わった後、決めるのはあなただ」
上に立つ者としての責を諭すのは簡単だけど、彼女はそうはいかない。その複雑な立場に結論を出すのは、彼女にしかできないことだ。