エピローグ 1
「……っ、うぅ……」
「おいおい、みっともないな」
正式に誓約が解かれて、ネサラの腕から忌々しい呪いの証が消えたのを確認して、ミリアは恥も外聞もなく泣き出してしまった。
「そなた達はもう自由じゃ。望まぬ裏切りに与することもない。よくやった」
サナキも、肩の荷が下りてすっきりした顔つきで労う。
「うぅ……この爺めも嬉しゅうございます」
ニアルチも涙を流し喜ぶ。
「ったく、揃いも揃って……」
『1番泣きたいのはネサラでしょう? 2人とも、ネサラの代わりにいっぱい泣いてるのよ』
「おいおい、俺がそんなみっともない真似……」
「リアーネ姫の仰る通りです! あなたは何でもかんでも我慢して、苦しくても苦しいと言えなかったのだから……」
苦しくても平然を装うネサラを見ているのがミリアにとって辛かった。苦しみを少しでも肩代わりしたくてもネサラがそれをさせなかった。
「さて、ルカンら元老院の者たちもこの度の戦いでほとんどが死んだ。わたしの皇帝の座を脅かす者はもういない。
――セリノスの、正式な返還をここに宣言する」
サナキの宣言に、リュシオンらは喜びを顕にした。ラグズ連合軍が皇帝と組む時に交わした約束がとうとう果たされたのだ。
「なら、こうしねぇか? フェニキスは焦土になって、住むのには厳しい。いつまでもガリアの世話になるわけにもいかねぇ。だったら、残った民も一緒にセリノスに移り住むんだ」
「それはいい提案ですね! フェニキスの民は私にとって同胞も当然。異存はありません」
リュシオンたちからも許可を得たティバーンはネサラのほうを振り返る。
「さて、残るはキルヴァスのことだが……」
「今この場で八つ裂きにするなり、好きにすればいい。だが、1つだけ頼みがある」
「何だ?」
「裁くのは俺ひとりにしてくれ。民たちは……あんたに預かってもらいたい。俺に従っただけのあいつらに、罪はない……」
「王……」
この後に及んで、まだネサラは自分ひとりを犠牲にしようとする。文句を言いたいが、流石にそこまで口を挟むわけにはいかない。結局、決めたのはネサラだ。
ティバーンはネサラの要求を呑み頷く。
「いいだろう。キルヴァスの民も俺の元に下るなら、セリノスに共に住まわせる。ニアルチやミリアもそれでいいんだな?」
「構いませぬぞ」
「勿論。むしろ感謝します、受け入れてもらえることに」
ティバーンの方針に異存はない。
「なら……」
改めて、ティバーンはネサラに鋭い視線を向け――
「ってえ! 何するんだ!」
その顔を拳で思いっきり殴りつけた。
流石のネサラも予想外のことに唖然とする。心配な様子で見ていた周りも同じだ。
「今までの裏切りは血の誓約によって、望まなかったことなら……八つ裂きは割に合わねえ」
「だがな、お前たちを裏切ったことも事実だぞ? 血の誓約は関係ねえ」
「そうだ。だから……今までの償いをしてもらう」
生きて、償う。それがネサラに与えられた裁き。
「わかったよ。それにしたって殴ることないだろ……いてて……」
「裏切りも許せねぇが、何より……どうして俺たちを頼らなかった?」
「言えるわけ、ないだろ……言えば呪いが降りかかるんだからよ」
ネサラからしたら理不尽なことこの上ない。
「ミリアは誓約のことは話さなくても、事情があるだろうことは匂わせていた。誓約に縛られようとそれくらいはできた筈だろうが」
言われたミリアは今更恥ずかしくなり目を逸らす。単なる弱音を、ティバーンはしっかり覚えていたようだ。
後で聞いた話だが、ミリアの様子のおかしさから、ただならぬ事情があったことは察していたらしい。
「遠まわしに、気をつけろとは言った筈なんだがね」
「もっと分かりやすく言え」
ここまでくると理不尽すぎてミリアも笑えてくる。
「あの……そろそろアイクたちに挨拶して、ガリアにいる民を迎えに行くべきでは?」
「おっと、そうだな」
共に戦った仲間たちとの、別れの時。それぞれの祖国に帰り、それぞれの道を往く。
――戦いは終わり、平和が始まるのだ。