喪失 3

代替わりしてから始めて姿を見せた王の姿に、鴉たちの間にどよめきが走る。
強く美しかった姫君――今は王になった彼女は、すっかり痩せ細り弱々しい姿と化してしまった。それでも、その瞳はかつての堂々とした自信に溢れたものを取り戻している。

「皆、今まで何もせずにいて済まなかった。心配もかけただろう。
……鷹王から話は聞いているだろうが、今、改めて私から話をしよう。
私たちが敬愛し、従順してきた王、ネサラは……この度の女神との戦いで――」

少しだけ、怖かった。この事実を口にすることで、また壊れないか。けれども、

「――戦死した」

事実は揺るぎようがないから。
改めて、言葉にすることで事実を認識する。今度はちゃんと受け止められた。心の中がちくり、と傷む。ちゃんと、心が認識できている。

「そして、私が鴉王を継承した。こんな、心を壊した頼りのない王の再起を待ち続けてくれて、皆には感謝してもしきれない」

民からは信じてました、心配したんですよ、などと言った声が上がる。

「皆には、国を守るためとはいえ今まで多くの悪事に手を染めさせてしまった。不本意なことを強要され不満を持つ者も多かった――実際、何人も国を出ていった。けれど、それももう終わりだ。キルヴァスは、解放された、自由なんだ!」

民から一斉に歓声が沸き上がる。

「もう、自由を享受している者も多いだろう……けれど、キルヴァスは決して赦されない大罪を犯した。ラグズ全体を、裏切った」

歓声が収まる。皆、固唾を飲んで次の言葉を待った。

「王としては、お前たちは王に従っただけだから、そのまま自由に生きて欲しい。けれど、ひとりの民としては……逃げ出さずに加担したことは事実だから、償いをしたいと思う。もし民として、私と意を同じくする者がいたら、私と共に、鳥翼へ、そしてラグズへの償いをしたい」

ミリアが告げると、その言葉を待っていたとばかりに更に大きな歓声が沸く。

「喜んで協力します!」
「このまま平気な顔で生きていけませんから!」

そう言った声があちこちから聞こえてくる。

「……ありがとう」

これが、ミリアの王としてのやり方。ひとりで罰を受けるのではなく、民全体で償いを。ずっと望んでいたことを、失ってからようやく実行できるなんて、皮肉なことだ。
ミリアの王としての最初で最後の仕事は、単なる呼び掛けだったけど、それは大きなものを生み出した。


「……鴉たちは本当によく働くな。俺たちが頭を悩ませた悪知恵まで有効に使って、セリノスの発展に力を注いでくれる」
「当然だろう」

ミリアはふふん、と鼻を鳴らす。
やる気のある者たちを集め鴉たちは他国との橋渡し役として働いている。特にベオクとの取引においては長年培った知恵のおかげで、大きな成果を出していた。

「お前もすっかり立ち直ったな。一時はどうなるかと思ったんだが」
「……生まれた時からずっと傍で寄り添ってきた相手が突然いなくなって、どうしたらいいか分からなくなって、私は私を守ろうとして……私を壊した」

失ったことが悲しくて、やり場のない怒りが募って、ひとりが怖くなって、どうしようもなく苦しくて、次から次へと負の気が湧き上がり、それに耐えられずに心が壊れかけたから、心を壊して何も感じなくして、負の気で壊れないように守った。そして残ったのは、王の冠を被った抜け殻だった。
けれどミリアは元々正の気が強い気質だったから、セリノスの清浄な空間に置かれたことで正の気が活発になり、心は少しずつ、前より少しだけ強くなるように、治っていった。

「滅茶苦茶だな。それだけ追い詰められたとも言えるが。何にせよ、治ってよかった」

折角自由になれたのに、それを享受しないまま死なれちゃあいつも浮かばれねぇ、とティバーンは付け足す。

「私のやり方で民を治めろ、と叱責して貰えなかったら、こうして立ち直ることもなかった。あなたのおかげでもあるんだ。ありがとう、ティバーン」
「そうか。そりゃ、よかった」

はは、と互いに笑い合う。決してあり得なかった安らぎ。何かが抜け落ちた安らぎ。