眠れる獅子を起こさないで 7

何だか前にもこんなことあったな、とベアトリスは自分の置かれた状況を回顧する。
特に拘束もされず牢に放り込まれるだけというのは随分生温い措置だが。

「気分はどうかね?」
「……唐突にこう捕らえられてたんじゃ、最悪にもなるわ」

何もしてないのに捕まった。それが今のベアトリスの状況を端的に表す言葉だ。

敵が分からないことには動きようがない、と候補を手当たり次第当たってみようとしたのだ。
すると最初に出向いた地が大当たりだったようで、足を踏み入れた途端に兵達に拘束され連行された。

「義伯父上……そちらはお変わりないようで」

一応は義理の伯父にあたる男、大公リュファス。
そんな人がベアトリスを捕らえた目的など、分かりきっている。

「変わりないとはよく言ったものだ。お前達の所為で儂は日陰者へ追いやられ、お前達の敗走で帝国に諂うことになったというのに」
「それを言うなら、先王が健在の頃は貴方が王国内の派閥争いを激化させ、先王亡き後は貴方が政務を放棄し女にかまけ興じたおかげで王国は荒れる一方だった。その因果が巡ってきただけだと思いますが」

先王との王位継承を巡っての不仲に始まり、数々の愚行の末にコルネリア――闇に蠢く者達に付け入られた。かつて王国が傾いた一番の要因を作り上げたと言ってもいい。
それ故ベアトリスはこの人物を嫌っている。アランデル公などより質の悪い、最低の摂政だったとさえ思っている。

「王家の類縁であるにも関わらず帝国が貴方に手出ししないのは、貴方がそれに値しないつまらぬ相手と見做されているに過ぎないから。せいぜい自分の立場を履き違えないことですね」
「よく回る減らず口が。立場を弁えるのはお前の方だろうに」
「……父と母には、あたしの身に何があっても動いてはならないと言い含めてます。あたしを捕らえた所であの子はお前の手には落ちません」

今回の企みは帝国に王子の存在を売り渡し自分の地位の向上を狙ってのことだろう。これが王家に反する者の仕業だと分かった時点で、その目的は見えている。

「兵もなく老いぼれひとりが守る家など、容易に落とせる。脅しが通じずとも、武力の前には屈するしかなかろう? お前の父はまさに帝国の武力に屈し落ちぶれたのだからなあ」

この言葉の通りなら、今家に向かって兵が押し寄せているという。
それを聞いたベアトリスは顔を伏せて震える。

「…………」
「そろそろ陥落の報が来る頃合いだろう。お前達の首を落とせる時が楽しみで仕方ないな」

リュファスは心底愉快だという風に先のことを語っている。その姿に、ベアトリスは我慢の限界だった。

「ふっ……くく……あはははは!!」

ベアトリスから飛び出したのは嘆きでも罵倒でもなく、盛大な笑いだった。

「何だ? 絶望のあまり気が狂ったか?」
「いいえ? あたしは正気ですよ? ただ、あまりに可笑しすぎて、笑いが止まらなくて」
「可笑しいのは――」
「し、失礼します! リュファス様!」

息せき切った兵が入ってくる。リュファスが喜色を浮かべた。

「おお、戻ったか。それで目的のものは手に入ったのだろう?」
「そ、それが……」

狼狽えている様子の兵に、ベアトリスは自分の勝ちを確信する。

「屋敷はもぬけの殻で……子供どころか、人ひとりも……」
「……何だと!?」

本来の予定と違う報に、ベアトリスが笑っていた理由を悟り顔色が悪くなっていく。

「どこかに隠れているのではないのか!?」
「いえ……私はあの屋敷を知っていますので、隅々まで捜しましたが……本当に、誰も……」
「くくっ……ああ、可笑しい。本気であたしが何もせずのこのこ出てきたと思ったんだ」

あの者も元フラルダリウス兵のようだ。それなら、本当に捜し回ったのだろう。

「何処に隠した!」
「言うわけないでしょう? あたしの策を見抜けなかった。その時点であんたは敗けてるのよ」

元と同じ地で暮らすから狙われてしまうのだ。だから内密に場所を移せば、子供の居所は誰にも分からなくなる。あとはこうして一芝居うって敵を炙り出すだけ。
一度襲われた時点で何らかの対策を講じている可能性すら思い至らない。そんな程度の相手だからこそ通用した手だ。