眠れる獅子を起こさないで 3

旧王国領の各地に置かれた帝国軍の駐屯所に、周辺の領民達は近付きもしない。
そんな中、堂々と出入りする旧王国の、それもフラルダリウス家の縁者であるその女は大変目立った。

「この間、あたしを襲った暴漢がいたでしょ? ちょっと聞きたいことがあるから、面会したいんだけど……」

恨みつらみがある筈の帝国兵に対し気安い態度で接する女。しかも兵の方も、それに特に疑問に感じていないようだ。

「ああ、例の……」

しかしその要求に対し、兵は口籠った。

「……何かあった?」
「昨夜、そいつが脱走しまして。村外れで発見したにはしたんですが……」
「……死んでたのね?」
「……はい。見つけた時には既に……」

そう聞かされた女は険しい顔にはなるが、特段驚いてはいない様子だ。

「こっちでもか……」

それどころか、似たような事案を予め知っていて、予測していたようだ。
その様子に、彼女の目的が自分と同じと悟り、声を掛ける。

「なあ、そこの姉さんよ」
「……見ない顔ね?」
「ああ、この辺りの者じゃねえからな。近頃この辺が物騒って噂があって、ちょっと調べに来たんだ」
「そう。どこから来たのか知らないけどわざわざご苦労なことね」

自分も同じ目的だと、気付いていないことはないと思うが特にこちらへ何かを明かす気は無さそうだ。

「さっきの話を聞いた感じ、あんたがまさにその渦中にいるんだろ?」
「何か聞きたいってなら何もないわよ。むしろあたしの方が知りたいくらいだし」
「別に何も聞いちゃいねえが。何で俺が聞きたがってると思ったんだ」
「自分で言ったじゃない、わざわざここまで調べに来たって。なら特に何も掴んでないってことでしょ」

何かを隠している。そう直感するが、女は中々尻尾を掴ませてくれない。

「あんた、確か戦時中は王国軍に所属して、前線から退いても何故か王都に留まり続けてたんだってな?」
「そんなにあたしのこと調べてるなら、引退した理由も知ってるでしょ。負傷して前線に出られなくなって、王都から実家への帰還も困難なくらい酷かったのよ」
「へえ、隣のフラルダリウス領にも行けないのに帝国軍が王都に迫ると同時期には何処ぞに姿を消して、今ではすっかり元気な大怪我ねえ……」
「あるわよ、後遺症。普通に暮らす分には大丈夫だけど、前ほど体が動かせなくて……少し走るのですら辛いし」

だからこうして常に助手を連れている、と女は傍らに控えている者に視線を動かした。医療道具やら薬やらを彼女は持たずに全て助手が荷物持ちしてるのはその為だとか。
その助手も色々きな臭いのだが。財産もないのにどこからどうやって雇ったのだろうとか色々ある。

「近頃襲われて困ってるのはあたしの方なのに何であたしが怪しまれるのよ」
「あんたに何か非があって襲われてる可能性が残ってるからな」
「そりゃあたしって方々から嫌われてたから、襲われる理由なんていくらでもあるわ」

昔、ローベ家の者が大恥をかかされただか何かで彼女のことを嫌っていたのを思い出した。確かに彼女を敵視し、貴族の地位を失ったこの機にそれを果たそうとする者がいてもおかしくはない。
ただし、権謀術数蔓延る貴族社会で誰かが誰かを敵視し蹴り落とそうとするだなんてことは別に珍しくない。おかしいのは、彼女の周辺で「だけ」事件が多発していることだ。もし彼女を恨む誰かの企みなら、他にも恨みを晴らそうとする相手なんていくらでも掃いて出てくる筈だ。
だから、他にない理由で襲われているものと踏んでいたが、頑なに口を割る気はないらしい。

「あー分かったよ、俺様の負けだ。これ以上あんたと押し問答を続けてても時間の無駄だ」

本気で口を割らせるなら手荒な真似に出るくらいでなければならないだろう。それすらこの調子ではかえって逆効果かもしれない。
降参だ。不穏な何かが動いているならできれば潰しておきたかったのだが。

「……下手に関われば碌なことにならないわ。あれこれ探るのはやめた方がいい。これは親切からの忠告よ」
「なるほど、現にあんたが碌な目に遭ってねえからな。有り難く受け取っておくことにしとくぜ」

全く、綺麗な顔してとんだ性根のねじ曲がった女だ。自らのことは棚に上げて彼はため息を吐いた。