眠れる獅子を起こさないで 4

誰かが手を引いているのは間違いないが、相手の方も中々手強い。
屋敷を襲った暴漢は獄中で何者かに殺されていた。しかも、見張り番諸共。
同様にベアトリスを襲った方も脱走した先で殺された。明らかな口封じだ。
ちょうど埋葬される前だったから、遺体の検死を申し出た。そこからでも何か分かるかもしれないから。

遺体の顔を見た時、ベアトリスは思い出した。やつれて様相が様変わりしていて、あの時は分からなかった。

「この人……!」
「知っている方ですか?」
「……うちの、元騎士よ。家の者は散り散りになったって聞いてたけど……こんな……」

何かしらの事情で住む場所や働き口を失い、罪人に身を落とす。それはさして珍しいことでもない。
だが彼はきっと、何処かで行き場を求めていた所に、何者かに吹き込まれたのだろう。ベアトリスが王妃の座を得ていたことを。その王妃の失踪と帰還は、彼に如何ほどの失望を与えてしまっただろう。

「侵略した側の私が言うべきことではありませんが……かつて仕えた相手に剣を向けて、果てにこのような末路を辿るというのは……あまりに惨すぎる」
「しかも殺したのは同じ元騎士みたい。この傷、うちの剣術の特徴がある」
「どうやら相手は余程の性悪だ」

だがこれで分かった。少なくとも相手は帝国への反乱など目論んでいない。もしそうであれば、こんな嫌がらせに騎士を無為に使い潰すなど有り得ない。

「……でもこれで、黒幕はかなり絞れたわ。絶対に、暴いてやるんだから……!」

拾い上げた騎士を使い潰せる余裕がある程の高い地位を未だ保ち続けていて、尚且こちらに対して強い敵意を抱く者。
絶対に許さない。その気持ちはどんどん強くなっていく。

家に帰るや否や、ベアトリスは自室に籠もり、夕食時にも顔を出さなかった。
扉の取っ手がガタガタと鳴らされる。

「かあさまー」
「リオ……!? ああ待って、今鍵開けるから……」

慌てて止めさせようとするが、遅かった。嫌な音と共に扉が開かれる。

「……ごめんなさい……」

以前に扉を壊して叱られたことを覚えている子供は、肩を縮こまらせた。

「ああいいのよ。閉めたままにしてたあたしもあたしだし。それで、どうしたの?」
「……なに書いてたの?」

子供はぐしゃぐしゃに丸められた紙の山を指差す。

「あれ? ……お手紙よ。中々上手く書けなくて」

貴族の身分を失ったことで露頭に迷った家人達をどうにかして救えないものか。考えに考えた。
だが、自分達ではどうにもできず、なら誰かに助けを求めようにも誰に何を頼めばいいかも分からず。

「かあさま、ご飯食べよう? おじいさまもおばあさまも、おじさんも待ってるよ」
「……もうそんな時間か。そうね、考えても仕方ないし、一旦休憩にするわ」

根詰めても何の解決にもならない。一度切り替えた方がいいだろう。

食卓では、食事に手を付けないまま父と母が待っていた。すっかり冷めてしまっているにも関わらずだ。申し訳無さが湧き上がる。

「ベアトリス、今日のことは彼から聞いたが……」
「…………」
「我々が敗北を喫した以上、こうなるのは避けられないものだ。ここを離れざるを得なかったお前がそこまでの責任を感じずとも……」
「……彼らは、そもそもの原因とも言える帝国を無視しあたし達に逆恨みするような浅はかな者達でしたか? 皆フラルダリウス家に、ひいては王家に篤い忠義を捧げ最後まで共に戦い抜いてくれた者達でしょう」

勿論、忠義溢れる騎士達といえど困窮のあまり道を外してしまう可能性だってある。だが、今回ばかりはそうではない。

「誰であろうと、彼らを利用したことは決して許さない……!」

痕跡を辿られない為にフラルダリウス家の騎士を扇動し動かしたのだ。
元より相手の意図通りにさせないつもりだった。だがそれだけでは済ませない。叩き潰してみせる、とベアトリスは強く誓う。