眠れる獅子を起こさないで 5

屋敷の周りに怪しい者がうろついている。父からそう言われて、また敵の手の者かと警戒を強めた。

「どう? 誰かいた?」
「特にそれらしき者は見当たりませんね……」

手分けして周囲の見回りをするが、至って何もない。

「動物か何かと見間違えた……わけないわよね」
「ベアトリス殿は中で待っててください。冷え込んできて体にも障りますし」
「ええ? 色々手伝ってもらっておいて言うことじゃないけど、一応監視が任務なのに目を離して平気なの?」
「……これは言うべきか迷いましたが……」

思えば、この密偵はベアトリスにやけに協力的だ。シャンバラで共闘し救われた。そんな恩義程度では説明がつかない。

「確かに私は貴方方の監視を仰せつかってますが……同時に、陛下から、貴方方の身辺の警護も承っています。なので貴方方に手を貸すのも、任務のうちなのです」
「エーデルガルトが? 何で?」
「さあ……私は与えられた任務を遂行するだけですから。ただ……陛下はあの時、貴方を置き去りにしたことを随分と気に病んでおられました。色んなものを奪ってきたのにそれでも期待を掛けてくれるなら、それに答えたいし、それを見ていてほしい……と」

ひとことも、エーデルガルトの作る世に注目していることを伝えていなかった筈だ。なのにそれを知っているとなると。

「……父上達、何か言ったのね?」
「貴方は紋章や貴族制度を嫌っていて、陛下の掲げるものは貴方にとって望ましいと言えるものだろうと」
「そうと言えばそうなんだけどねー……。なーんか、何かを履き違えてる気がする……」

注目はしている。でも期待と言うと何だか違和感がある。
自分の口から、自分の意図を伝えるべきだと思うが、上手い言葉が中々見つからない。

「……あ、分かった。ねえ、エーデルガルトに伝言を頼める?」
「お安い御用です」
「エーデルガルトに対し、あたしから求めるものはないわ。ただ無事に変革を成し遂げるだけでいい、とね」
「確かに、お伝えします」

自分のことで、エーデルガルトが何も気負う必要はない。別にああして欲しいとか、そんなことは一遍も考えていない。
多くのものが犠牲になったからには、途中で挫折したり失敗してそれら全てが無為になることだけはあってはならない。だからそうならないようにエーデルガルトを助けた。それだけのことだ。

「さてと、そういうことならお言葉に甘えて――」

彼に任せて自分は屋内に引っ込もうとした時、近くの茂みが音を立てた。

「何者っ!」

振り返ると、人影が見えた。見つかったことに狼狽しているのか、逃げるでもなく立ち尽くしている。

「何企んでるか知らないけ……ど……」

相手を引っ捕らえて詰め寄ろうとしたベアトリスだが、相手の顔を見て言葉が途切れた。

「ギュスタヴ殿!? なんで!?」

その相手は馴染みの騎士だった。子供のことも当然知っている相手――だが、かつて彼はベアトリスに落ち延びるよう進言し、帝国の目を逸らす為に帝国軍迫る王都に残って戦い続けてくれた。近頃の事件はベアトリス達に対する敵意や悪意が滲み出ていたが、彼はそんなものからは程遠い人だ。
そんな彼が何故ここに、とベアトリスは言葉を失う。

「……驚かせてしまい申し訳ありません。貴方がここに戻ってきたと聞き、無事な姿を一目だけでもと思い……」

ああそういうことか、と合点がいく。ベアトリスがここにいる。それが子の存在を知る者の耳に入れば、自ずと子の生存もその者達に報せるのと同義のことだ。
恐らくギュスタヴの訪問は事件とは無関係だろう。

「そういうことでしたら、中へ」

彼ならきっと大丈夫。そう判断し、彼を屋敷に招き入れる。