安田くんどきどき
立川に本部を移動し、
なまえを迎え入れてから2日目の朝だ。
「間さん、そのタオル、洗濯してもいいですか?」
「ん?あぁ、構わないよ、ごめんね臭いかも」
「いいええ、お仕事ですから!代わりと言ってはなんですがこちらを…」
間の首のタオルを受け取り、代わりに差し出したのはホカホカのおしぼりだった。
「うわァ〜〜効く〜〜!」
「冷えてきたら交換しますから言ってくださいね」
他のメンバーにも一声かけながらおしぼりを渡した。風呂に入る暇もないメンバーにはありがたい代物だ。
安田だけはその姿を眺めながら、なまえが手早く皆の洗濯物を集めていることに気づいた。
2日目だというのにこの馴染みっぷりはなんだ。昨晩安田が渡した呼びの防災服に着替えたなまえはダボダボの裾に太ももを覆われ、長い袖を捲り上げている。ズボンは引きずるからと、着替えの短パンを履いているらしいが…見えない…彼シャツのようだ…いかんいかん、、、仕事仕事…
「安田さん、お疲れ様です!」
「ん、あぁ」
「昨晩は作業服をありがとうございました。これおしぼりです。」
「わあーーーーーー」
じゅわりと首と目に当てられたおしぼりは、それだけで寝てしまいそうなほど気持ちいい、首の神経が温まり体がほぐれていくようだ。
「その机の…、そこに…、洗濯物…あるから」
「さすが安田さん!お気遣い嬉しく思います!私が洗濯物回収してることちゃんと分かってくださってる」
「いやぁ、たまたま」
「夕方には乾くと思いますので!」
「よろしくお願いします」
はい!と小さな足が絨毯をかける音がした。
だめだ…どうしても惹かれてしまう…
初めて彼女を見た時、矢口さんに抱かれて涙を流していた顔と、今無理に明るく振る舞う笑顔。そのどちらもとても自分の心に刺さる。
仕事だけ考えていれば良かったのに…
彼女機転で助けられれば助けられるほど、どうしたって好きになってしまう。
きっと巨災隊のみんなが彼女を好きだろう。
尾頭さんなんて、クールなキャラは何処へやら、透さんと一緒だと笑顔さえ見せる。
状況の手がかりではなく、大きな癒しをもたらす、ゴジラの次に以外でやっかいなハプニングが起きた。混乱と愛しさを隠しながら安田はパソコンを叩き続けた。
ビルの屋上へ出て、布団のシーツと、個人の洗濯物を全て干した。透の手にあるメモにはそれぞれの洗濯物が誰のものであるか記されたリストが描かれている。
大きなシーツが風にはためくのを眺めながら空を見た。
やはり思った通りだ。人の思いに関係なく夕日はこんなにも美しい。
毎日、仮眠ごとに仮眠室に行き、朝昼晩の食事の支度と片付け、トイレ掃除、シャワー室の掃除、おしぼり、本部の掃除や、足りない備品の補充などを行なっていると、とても落ち込んでいる暇などない。
「私は恵まれている」
かすれた小さな声は夕日に消えた。
ジワリと滲む涙を長い袖で拭き取り、仮眠室へ向かった。1日に何度も涙が溢れては袖で拭いた。しばらく続くだろう。けれどこれでいい。今こうやって忙しい日々に忙殺されるのはとても良いことだ。
仮眠室での用を終え、洗濯かごを持ち、おしぼりを回収しに行く途中に、なんだかとても優しそうなおじさんに引き止められた。
「やぁ、矢口から聞いているよ。頑張っているね。」
「はぁ…あの…」
「泉です。矢口に用があってきたんだけど」
「副長官なら、カヨコさんと一緒に外へ」
「あーそうなの!待ってて良いかい」
「もちろんです。夕餉食べていかれませんか?」
「…もしかしてご飯君がつくってるの?」
「はい、ありものを温めるだけですが…、今晩はおでんとおにぎりです。泉さんとお連れの方もよろしければご一緒に…」
「へぇ〜〜!えらいなぁ…!」
泉と名乗ったふくよかな男性はフレンドリーな明るさの中に確かな賢さが滲み出ている。おそらく私に合わせて馴染みやすい言葉にしてくれているのだろう。
「そんななまえちゃんにお土産」
「ええ?」
がさり、と秘書らしき男性が差し出した紙袋には、女性用の防災服が入っている。
「わぁ、ありがとうございます」
「今まで気が回らなくてごめんね」
「いえ、私なんかに気を回はないでください」
「そんな寂しいこと言わずに、それから、お母様と連絡取れたんだけど、なまえさん今大丈夫かな?」
「え?」
「矢口に頼まれてね、みょうじ氏の遺体を捜索していたんだが、目処がついたことを伝えたんだ。そのとき君のことも少しだけで。話したがっていたから君が今話せる状態だったら是非…」
「…、、、ッぁ、、とえと。」
はいと言え私。
笑え。早く。
「分かりました。連絡します。ありがとうございます」
くるっと振り返り仮眠室に向かった。
扉の向こうからアラームが聞こえてくる。
あぁ
あぁ
あぁ
帰りたいなんて…!!!
「防災服どうしましょうか」
「森に預けておけ。早かったなやはり」
「仕方ありません。状況が悪すぎます」
「仕方ない、、、か」
アラームを止めておきあがったのは安田さんだけだった。
「みなさん!安田さんはちゃんと起きてますよ!さぁ、白湯飲んで、すぐにおしぼりお持ちしますから起きましょう!」
のろのろと本部へ向かう皆さんの背を押した。
「ん、、なまえ、、、さん」
「はい。安田さんはぬるめでしたよね、」
特別ぬるめた白湯を渡す手を安田さんが包むように握った。
「何か、ありました?」
「?なにか?」
「表情が、いつもと違ったので。」
「…、、、わっ!分かりますか!実はさっきトイレ掃除してたらゴキブリが出て!私ほんとに無理なんです…!殺虫剤も調達しなきゃなって…」
「今なまえさんに頑張るなって言うのが酷なことは分かってます。」
切れ長な瞳がすっとなまえを見つめた。
低い声には鋭い説得力があり、手を握られていては立ち去れない。2人で握り合った白湯が小さな波を立てる。
「なまえさんが俺たちを支えてくれてるみたいに俺たちもなまえさん助けたいって思ってて、そりゃ一番はゴジラの凍結。だけど、」
「ありがとう、ございます。安田さん。白湯が冷めてしまいます。もしよかったら、本部へ行く道中にお話し聞いていただけませんか?」
安田さんは目だけで分かったと頷き、白湯を飲み干すと私の手を握ったまま仮眠室を出た。入れ違いで仮眠室に入る森さんとすれ違う。
森さんは明らかにけげんな顔をした。が、私の顔をじっと見て納得したように目線を安田さんに移した。
私は手を引っ込めようとしたが安田さんに強く握られてかなわなかった。
「森さんすみません、7時には必ず戻ります」
「おう、なまえさんもついでに風呂すまして仮眠とってください。セクハラ嫌なら言ってくださいね。副長官にチクっといてやりますよ」
「森さん…!私ちゃんと起こしに行きますからしっかり休んでくださいね!」
森さんは大きなあくびをしながら仮眠室のドアを閉めた。
「私今から、母親に電話をします」
「ウン」
「帰りたいって言ってしまうかもしれません。」
「ウン」
「でも、帰りたくないんです。どちらも本心なんです。だから、帰りたいと言っても私を返さないでください。」
「俺にそんな権限はないし、なまえさん居なくなったらみんなすげぇ落ち込んで仕事の効率も落ちる。なまえさんに仮眠スケジュール管理してもらってから寝坊するやつ1人もいねぇし。インスタント食品も滅多に出ないし、布団はいっつもふかふかで、風呂場に髪の毛一本もねぇし。俺は…みんなは…なまえさんが必要だよ
なまえさんに笑顔で帰ってもらうために今戦ってる」
小さな手が握り返してきた。
そのまま手を引いて透さんのカバンを取り、屋上へ出た。
「手、どうする?」
離すと思っていたが、ぎゅうと指を絡められて、思わずドキッとしてしまった。
なまえさんは器用に片手でiPhoneを操作し母に電話をかける。音を鳴らさないように唾を飲み込むその瞳には不安が色濃く宿っていた。
干しっぱなしの洗濯物の影が2人の影に重なる
『もしもし』
「もしもしお母さん、久しぶり」
『うん、なまえ、元気?怪我してへん?』
母親の元気のない声に驚いたが
その理由を思い出して涙がこぼれた
「めっちゃ、元気、怪我も、無い、今は、お父さんの会社の人たちにお世話してもらってる」
安田は逆だろと思ったが手を握ったまま外を見るしか出来なかった。
『まだ帰られへんの?』
「帰るんはできひん、私お父さんと一緒じゃ無いと帰られへん」
『………』
ズズ、と濡れた音が耳に痛い。
「ごめん、泣かせてごめん。今私でもな、泣いたら、落ち込んだらあかんねん、やらなあかんことめっちゃあるねん、絶対生きて帰るから、お父さんと一緒に帰るって約束するから、信じて待ってて欲しい。お願い。わたしも一生懸命生きるからお母さんも」
『…………』
切ない息づかいと時折堪える声が聞こえる
「泣かせてごめんなさい」
なまえさんの関西弁は新鮮で、切ない。
『…欲しいもんないの?』
「ふふ…送ってくれてもいつ届くかなぁ…」
『わからへんけど』
「ほな、トイレットペーパーと雑巾とチョコレートとガムと飴。あとタオル。全部多め。薬も胃薬、鎮痛剤、咳止めとか、あるだけ。ありがとうお母さん。よろしく。」
『了解、ほなね』
「うん、ほんならね!」
さっぱりとした親子だと思った。会話の中に親子の形をどっしりと見た気がした。
もう大丈夫だねと、手を握ると。なまえさんは俺の目を見て今度こそ笑い、大きく息を吐いた。
そして
「さて、安田さんサボりはおしまいですよ!お仕事してくださいね!」
「なまえさんの関西弁かわいいな〜」
「はいー?!」
なぜかその手を離すタイミングを完全に見失い、風呂から出てきた間さんとかち合うまで、俺はなまえさんの手を握ったままだった。