苦いチョコレート


森さんから受け取った防災服は尾頭さんと同じデザインの物で、わたしにしっかりと合ったサイズだった。

ダボダボも可愛かったのにと、セクハラだと自覚を持てないほど疲弊したメンバーに言われて苦笑いしたが、間も無く尾頭さんに睨まれ彼らは黙った。

完全にルーティーンになった仕事をこなし、本部へ顔を出すと、カヨコさんから受け取った資料を見て部屋の真ん中で皆んなが頭を抱えていた。

行き詰まってるんだな…

母から送られてきた荷物からチョコレートを出してみんなに配ることにした。

「なぜ紙なんだ…」

もぐもぐとチョコレートを食べながら唸る皆さんのゴミを回収して、小さく折りたたんでいると、間さんがそれを見つめて手を叩いた。

「折り紙…」

「え?」

それからの巨災隊は早かった。普段は生活面のサポートばかりで仕事に拘らないため知らなかったがやはりエキスパートを集めた集団だけあってそれからが早い。

それから忙殺されるように陽と月の動きを光で感じ取りながら私たちは生きた。
生き残るために必死で働いていた。


「なまえさん」

「はい!」

久しぶりに聞く優しい声は副長官だ。
副長官も横に立つ志村さんもスーツのネクタイを外してラフな格好をしている。

嬉しさで駆け寄る前に一瞬思いとどまり、チョコレートとコーヒーを持って駆け寄った。

「走ると危ない」
「はい…!ごめんなさい」

副長官に抱きとめられるように支えられ、お盆を掬い上げられた。

「チョコレート…?」
「はい、志村さん!頼んで母に送ってもらったんです。頭を使うみなさんに糖分は必要不可欠ですから」

ぽこんと口にチョコを入れて顔を綻ばせる志村さんはやっと年相応なあどけなさを見せた。

みんなのこの顔が見たくてチョコレートを頼んだのだと言うことは尾頭さんにしか言っていない。

「ところで副長官、何か言付けが?」

ゴジラの凍結に向け薬品やトラックの手配に追われることになった巨災隊で仮眠を取るものはもういなくなった。風呂もだ。

作業も佳境に入り、仮眠スケジュールの管理をしなくなると私は簡単な言付けを頼まれることが増えた。

「あぁ、今から私に同行して欲しい」

「同行…」

不安げに副長官を見上げたが、本部では言うつもりはないらしく、もちろんわたしが逆らう理由もない。

「分かりました。よろしくお願いします」

「急ですまないな、では下に車を待たせてあるから」

「はい!」

本部で聞き耳を立てていたメンバーたちに、「デートか?」などと囃し立てられながらわたしは建物の外へ出た。

日が落ちてすぐ。生ぬるい風が体にまとわりつくのは、焼き爛れた東京のいろいろなものを舞いあげ運んできたからだろう。

煙と、腐ったような匂い、

目の前につけられた黒塗りの会社に乗り込んでシートベルトをした。

「あれ?志村さん?」

「僕はお留守番です。」

「あらら、やっぱりデートですか?」

冗談ぽく笑うと、志村さんはいつの間にかポッケに入れていたチョコレートをわたしの手に握らせてくれた。わたしが渡したやつとは比べものにならないほど高級なものだ。

「これ、たまたま見つけたから、なまえさんにあげようと思ったんだけど、まさか先にもらうことになるとはね。笑っちゃいました」

「こんな高そうなチョコ、頂けません」

「まぁまぁ、その辺の道端で拾った奴だから」

「そんなわけありません!こんな綺麗な小箱に入ってて…って私に拾い食いさせないでくださいよ!!」

「なまえさんにあげたくて買ったんだよ。食べるかどうかなまえさんが決めていいよ」

「ぅ…、、、ありがとうございます…」

「こちらこそ、いつもありがとうございます」

お互いにぺこりと頭を下げて、遅れてきた副長官のために志村さんは車の扉を開けた。

「行ってらっしゃいませ」
「あぁ、頼んだぞ志村」
「お任せください先生」

淡々とした会話の後にドアが閉まり、副長官はシートベルトを締めながら運転手に話しかけた。

「午前中訪れた、官邸付近へ」

はいと言う運転手の声を耳に入れながらわたしは石のように全身が固まってしまった。

手のひらに握ったチョコレートが溶けてしまうと頭では分かっているのに体が動かない。

「なまえさん」

隣に座る副長官が、わたしの手からチョコレートを救出し、固まったままのわたしの両手を握った。

「お父様の遺体を発見致しました。遺体はもう病院の霊室へ移動しましたので、遺体が発見された場所を見てから、病院へ行きます。」


ながいながい沈黙に思えた。

フラッシュバックする父の面影と、ここ数日の日々。

父を探すといいながら忙しさで父を失った絶望から逃げていたんだと思った。

「………」

「私がそばにいます」

「………」

「何も言わなくても良い。」

目の前が暗くなったのは、副長官に抱きしめられたからだ。

ゴウゴウと風の音を聞きながら、私と副長官は父の元へ近づいて行った。

瓦礫の前で手を合わせる。
志村さんがくれたチョコレートを父がいた場所に供えた。もしかしたらこれを予想して、好きにして良いと言ってくださったのかもしれない。

どの血が父のものだろう。アスファルトにこびりついた血を眺めた。もしかしたら全部かもしれない。逃げてる途中だったのかな、背中からかな、まさか足だけ怪我してずっと助けを求めてたりして…何を思ったろう…私は…良い娘だっただろうか…

「お父さん、」

「お父さん、ごめんなさい。」

みんな辛いのに、みんな、お父さんだけやなくて、亡くなった職員さんもたくさんおるのに、副長官、、、矢口さんが、、私のワガママ聞いてくれて、、、お父さん探してくださってん

ワガママ一個って言うたのにね。

そう言って笑った。震える肩を矢口さんは横からだき抱えてくれた

こんなん、なるなんて、思わんかったね、痛かったやろね…お父さん…。すぐに探せへんでごめんね…?見つけられへんでごめんね、お母さんもお兄ちゃんも元気です。私も元気です。

血に濡れた床にそのまま崩れ落ちて頭をつけた。匂いや嫌悪を表せるほど頭が働いていない。矢口さんは私を抱っこするように、床に座り込み腕を回した。

なんもかんも後回しでごめんなさい。謝ってばっかりでごめんなさい。お父さん。私、お父さんちゃんと家に連れて帰るから、もうちょっとまっとってね。そしたらたくさん話そね。志村さんがくれたチョコレート食べて待ったてね。まだ私、まだやらなあかんことあるねん。


「私、これから、死ぬ気で生きます」


ばっと顔を上げる。

矢口さんを見上げる。

矢口さんは私を抱えながら立ち上がると深く頭を下げた

「みょうじさん。娘さんにこのような思いをさせてしまい、本当に、本当に申し訳ありませんでした。」

「透さんの仰られた通り、我々は生きなければいけません。」

「必ず作戦を成功させ、ゴジラを止めます。