甘いチョコレート


矢口先生となまえさんの乗った車を見送って、すぐさま本部に戻った。

巨災対は相変わらずいつ覗いても同じ光景。
全員が歯を食いしばって時間に追われながら戦っている。

あのチョコ。見送り側に彼女にもたせたピエールエルメパリは、こんな惨事にたやすく手に入る代物では無い。
災害によってここに訪れたときから掃除、食事、メンタルケアなど、巨災対に無くてはならない存在として同じように歯を食いしばって働いてくれている彼女に何かお礼をしたかった。
もので釣れるだなんて思ってはいなかったが、あの顔に張り付いた笑顔のその奥を少し見たいとは常に思っていた。けれど、彼女の隙をつくのは今では無い。それくらいは分かる。

矢口先生がくるまで、不安をひた隠しにしなかがら俺に笑顔を見せるものだからあとでゆっくり渡そうと思ったが辞めた。

「志村くん、なまえさんは?」

「間さん、お疲れ様です。なまえさんは矢口先生とお父様の遺体を見に言っています。」

「お父さん見つかったのか」

「そのようです」

良かったねぇ、などと言わないのがこの人と賢くて誠実なところだ。ゴジラが現れてから良かった良かったという言葉を頻繁に聞いたが実際。良かったことなんかありはしないのだ。

そんな会話を聞く耳立てて聞いていたメンバーたちは今度はその話題をボソボソと話しながら眠気を覚ますようにした。これはちょっとまずいかも。彼らに悪気は無いが彼女が帰って来たときに俺が言いふらしたことがバレるのが正直嫌だった。

「あ!そうだ僕!この前先生の付き添いで行った会議の帰りにデパ地下でチョコレート見つけたんです!まだお店が動いてましてね!!」

声のボリュームをあげる

「ピエールエルメパリのチョコがめちゃめちゃ安くなっててセールかよって!」

「ドコォ?それ」「どーせクソ高いんだろ」「GODIVAしかしらん」「もちろん俺らのぶん買って来てくれたよな志村ァ」

「もちろん僕が食べちゃいましたよ」

はぁ〜〜?という怒声が数々上がる。
そして最後の仕上げだ。

「甘いものは良いですよねぇ、皆さんバレンタインとかどうされてました?」

さぁ早くもメンバーの話題はチョコレートと恋人の話しから失恋、愚痴、結婚などに切り替わった。長く家族に会えていない森さんには申し訳ないがこのまま話題振りは俺に任せてもらいます。

ホ、と小さく息をついたところで背中から声がかかる。

「志村くん」
「安田さん、どうしたんです?」
「呼ばれてるよ」

誰にと思ったが安田さんがあえて伏せたのだから何も言わずにお礼だけ言って扉へ向かった。
そして安田さんとすれ違いざま

「なまえさんにあげたんでしょ」

と潜めたような声が心臓を打つ、目を見開き振り向くと遠くなる安田さんの口がぱくぱくと動いた。

ピエール
エルメ





(なっ!!!)

バタン!
焦って扉を閉めたせいで思いの外乱暴な音が出てしまった。動揺を必死で隠しながら顔を上げると目の前にビックリした顔のなまえさんがいた。

そうか、彼女から聞いたのか。

「なまえさん!」
「…ッ志村さん?、大丈夫ですか?」
「あぁいえ、さっきちょっと、ドキッとすること言われて、慌てちゃっただけです」
「そうですか…?何かあったらお話聞くぐらいならいくらでもしますからね!」
「ありがとうございます」

張り付いた笑顔と湿った前髪とまつ毛。
きっと泣いたに違いないんだ。
色んなことを考えたに違いない。
そんな子が帰って来て早々俺なんかの心配をしている。

ここでのキャラを必死に守り、まるで漫画のように慈愛に溢れた少女でい続けることで正気を保つ彼女は滑稽だ。

でも愛しい。

「おかえりなさいなまえさん」

無意識に伸びた手が目の前の人を掴んで自分の胸に引き寄せる。

「…ぁ、の」
「これは甘やかしてませんからね」
「え」
「俺は絶対あなたの弱みには付け込まない」
「志村さ」
「ゴジラを止める。そしたら、なまえさんの辛い事とか辛い事、悲しいこと、俺が引き受けてもいいですか」

頑張ったなまえさんを褒めて甘やかしてもいいですか。

下に垂れ下がったままの手が震えながら俺の背中に回される

「づげごんでる」
「え、嘘?」
「もうづげごんでまず、はやいでず、あまやがずのはやいでずぅ!」

ジワリと暖かくなる腹で彼女の涙の暖かさを感じる。

「ごめんね」
「ゆるじまぜん」
「またチョコレートあげるから」
「ヴェェン、まっぢゃのヂョゴがいぃ」

めちゃくちゃ可愛いワガママを聞きながら意外な彼女の甘え方を知った。

今日は本当にたくさんの君が知れて嬉しい。

俺は笑いながら透さんを抱き上げて、洗面所へ向かった。