ウェンディジレンマ


初めて彼女を見たときはとても気が立っていた。

ゴジラの攻撃で東京はジオラマを蹴飛ばしたようにのように崩れ、数時間前まで顔を合わせ話をしていた人たちにはもう二度と会えない。

みょうじさんの娘さんが、という声が聞こえ駆け寄ると、担架に乗せられて気を失う彼女がいた。

すぐに避難させれば良いものを
こちらへ運ばせたのは俺だ。

「へぇ、娘さんがいらっしゃるんですね」
「はい、上に息子もおるんですけど、娘は京都の大学で、僕に似たんかあんまり家に帰らんくてね、たまぁに帰って来ても何を話せば良いのやら」

そう言って歯を見せて笑うみょうじさんも、ついこの間まで共に戦って来た同士だったのに。
俺がこんなにかなしいのに。

見たくないと、思わずそらした眼に映る風呂敷。

娘さんは京都に住んでいるはずだ。
風呂敷を届けに来たんだ。
その腐った匂い、足の汚れで彼女が父をどれだけ探していたのか分かった。

彼女が会うはずだった人はもう
けれど彼女がたどり着きたかった場所はまだ、
生きている

そう頭に叩き込んでからは早かった。
後先を考えている場合ではない。
「彼女に適切な処置をさせて仮眠室へ」

俺だって会いたい。会うはずだった。必ずと約束した。あんなもたもたと会議を長引かせて居なければ。ヘリコプターなんか飛ばさなければ、ゴジラなど…現れなければ。

書類、書類、ハンコ、入力、電話、書類、ハンコ、会議、書類、入力、書類

まるで機械になったように頭の中にやらなければいけない仕事を詰め込んだ。
志村に八つ当たりし、泉になだめられてようやく我に帰る。帰りたくなんか、無かったが。、帰らなければ、冷静になれねばできない仕事ばかりだったのだ。

そして数日後に処置を終えた彼女が仮眠室へうつされた。正直そう聞くまで何のことだかすっかり忘れて居て、あの時の俺はどうかして居たと頭を抱えそうになった。

尾頭を仮眠室へ行かせたが恐らく彼女は絶望するだろう。冷静に状況説明する必要性があると、言ってここに連れて来てしまった罪悪感を抱えながら扉を開けた。
出来れば泣いて居ないでほしい…

「大丈夫です」

扉の向こうにはカーテン越しの光を浴びて、尾頭をの頭を撫でながら微笑む彼女が居た。

「こんなときです。お仕事とっても大変で、お辛いでしょう。交代しましょう。」

まるでウェンディのようだ。
と、俺は少年時代に見た映画を思い出して居た。

ピーターパンにネバーランドへ連れて行かれたことでお母さんという役割を見つける。

見捨てられるのが怖い時
傷つくのが怖い時
母親を探してしまう心理

ウェンディジレンマ、そう心の中で呟いて俺は彼女に近づいた。

どうしてだろう、そのいじらしい姿が、大丈夫だと笑っていた数秒後に見せる大粒の涙。そして危険な場所から離れず、父親を持ち帰るという意志。

彼女の力になりたい。
どんな事でも、俺にできることなら

だから泣かないでくれ。
頼む。

そう思って彼女を抱きしめた時に、すっかり仕事のことなど忘れていることに気づいた。

しまったと思った時には遅く、驚く安田と、俺の胸に顔を寄せて赤面している彼女が眼に入って来た。

分かった。

俺は君を受入れよう。

君がウェンディでいられる場所を

だってこんなクソみたいなネバーランドに君を引き込んだのは俺だから。

同情なんか、していない。
責任感なんて、言い訳だ。

ただ彼女を幸せにしたい。
目の前の少女の笑顔を俺だけに向けてほしい
これ、が



なのか。

恋愛は正直あまり踏み込まなかったため、今の感情の置き所がわからない。

しかしハッキリとしていることは1つ。

みょうじなまえと離れたくない。



彼女のはにかんだ顔は

みょうじさんが困ったように笑ったあの笑顔に似ていた。