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 それからしばらく呪文で椅子を破壊しては直してを繰り返す先輩を眺めていたが、粉々に砕け散ったり火がついて燃え出したりする椅子にいちいち悲鳴を上げていたら「うるさい」と怒られてしまった。だってすごいんだよ彼の魔法。
 杖の先から放たれる赤や白や青の光線はすさまじい勢いで、たぶんわたしがアレを食らったらあの椅子のように粉々になってしまう。普通に死ぬ。恐ろしい……。そこでふと疑問に思った。こんな強力な魔法をぽんぽん放つ彼のような人、居たっけ? うーん、主要人物の中には居なかったような……まあでも、そういうこともあるのかな? いや、そもそもわたしがこの世界にいる時点でなんかもう色々めちゃくちゃだしね。
 首を傾げた時に、ふとあることを思い立った。わたしはこの学生生活を生きて終えたい。だから強くなりたくて、そのためには魔法を教えてくれる先生が必要だ。強力な呪文を簡単に使いこなせてしまうやうな先生。例えばそう、彼のような。
 我ながら名案だと思わず頷いたら、呪文の練習をしていた彼は何故か液体に変形した椅子を元に戻して杖をしまった。

「帰る」
「もう終わりですか?」
「はい。視線がうるさくて集中できないので」

 視線がうるさいって、そんなことある? えー、と引き止めるわたしに「君がここに残りたいのなら僕は止めませんが」と言った彼は椅子を片付けてすたすたと扉へ向かっていった。そのあとを慌てて追いかける。彼は出入り口で立ち止まってくれた。優しい……。

「あの、ひとつお願いしてもいいですか?」
「寮までなら着いてきても構いませんが」
「ありがとうございます、でもそれとはまた別で」
「なに?」

 先輩は眉をひそめた。図々しいやつだな、と顔に書いてあるがそんなものは無視だ。ジロリと睨みつけられて少し怯んでしまったけど、ここは引けない。わたしの学生生活がかかっているのだから。わたしは小さく深呼吸をして、少し上の方にある彼の瞳をじっと見つめた。青みがかった、きれいな色をしている。

「わたしに、魔法を教えてください」
「断る」
「早い! せめてもう少し悩んでください!」
「呪文学はフリットウィック教授の担当です」
「そうだけど、そうじゃなくて」

 呪文学のフリットウィック教授は優しく丁寧に教えてくれる良い先生だ。小さくて本の上に立ちながらわたし達に杖の振り方や呪文の発音を説明する姿がなんとも微笑ましい。
 しかしわたしが教えてもらいたいのは物を浮かせたり、テーブルの上を片付けたりするような魔法じゃなくって。

「さっき貴方が使っていたような魔法が使えるようになりたいんです。どんな敵に襲われても平気そうなやつ」
「生憎ですが君の幼稚な願望に付き合う義理はありません」
「いやあの、強い呪文カッコイイとかそういう憧れ的な物ではなくて……どちらかと言うと生死を掛けた真剣なお願いです。わたし、誰と戦っても負けないくらい強くならなくちゃいけないんです」

 わたしの言葉に、彼の片眉がピクリと上がった。

「君の生死など、尚更僕には何の関係もない話だ」
「そこをなんとか……そうだ、人に教えることは復習にもなるんですよ!」
「生憎だが間に合ってます」

 即答された。ですよねー、あんなに強力そうな呪文をポンポン使ってるんだから、彼に復習なんてきっと必要無いだろう。
 だけどここで引き下がるわたしではない。学生生活を生きて乗り切れるか、そして、救いたい人を救えるかどうかがかかっているんだから。

「お願いします!」
「嫌だ。そんなことをして僕に一体なんの得がある? 時間の無駄だ」
「それは……そうだ、なんでも言うこと聞きます! 魔法の実験とか、パシリとか、命にかかわらないことならなんでも!」

 「なんでも?」と聞き返してきた彼に少しドキリとしながら、「はい、なんでも」と返す。命の危機に関わるような事でなければパシリや魔法の練習相手くらいならまあ、うん、やってもいい。もともとタダで教えてもらおうなんて思ってたわけじゃないし。
 でもパシリなんて必要なことあるかな……?
 そんなわたしの疑問は見事に覆され、彼はわたしに「在学中はなんでも言うことを聞く」という条件を出して魔法の先生になることを渋々承諾してくれた。

「ありがとうございます! あ、わたし1年のナマエ・ミョウジです」
「……レグルス。レグルス・ハウンド、3年です」
「レグルス?」

 なんか、そんな名前の人がいたような気がするけど……どうだったかな、ちょっと記憶が曖昧だ。うーん、と悩むわたしを無視してハウンド先輩は歩き出してしまったので慌てて後を追った。まあわかんないことを考えても仕方ないよね。

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