毎日ばかみたいに晴れてるなって思ったら、急に雨が降ったり。それと、君は少し変わってしまったな、なんて私は思うのです。
日が長いよなあなんて思って、4時でもまだ明るいから君の見てる景色がどんなのか知りたくなった。なんて、こじつけ。教室の真ん中。ちょっと低い椅子に体育座りをして、窓を見つめる。元から透明な部分には青が含まれてて、窓ガラスにある色がそのまま出てきちゃったんじゃないか、みたいな、清々しい晴天。
君の全てが私のものだったらいいのにと思う。世界の全てを振り切って、私を選んでくれたらいいのになんて思う。ずるい絵空事。私の世界の中心である君は、私の事なんて知らない。
プロデュース科には、選ばれなかった。ただそれだけの事。これは君の椅子じゃない。君も私も知らないクラスメイトの椅子。なんて、引いた?おかしい?そんなの、知らない。
君の全てが私のものであれ。深夜のラジオで「教室ではどこら辺に座ってますか?」という質問に、真ん中らへんかなあ、なんてあやふやな答えをした君が悪い。本当はどこに座っているかなんて知らない。君は私のものでは、ないのだから。
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「アイドルってのはさあ、どっか心が歪んでるんじゃないのかなあ。ねえ?」
母はいつだって私に同意を求める。彼女は知らない。『本物』のアイドルを。『朔間凛月』を。聞こえていないふりをして階段を踏み鳴らし、自室のポスターにただいま、と呟く。アイドル。私の、私だけのアイドル。
「歪んでなんか、ない」
心は。凛月の心は。世界一かっこいい、凛月くん。私の凛月くん。かわいくて、吸血鬼で、歌がじょうずで、ダンスもじょうず。甘えるのも愛すのも愛されるのもじょうず。ユニットの策謀。レクイエムで負けた、凛月くん。
いつだって、君は私の太陽であり、北極星。君に向かって進めば、自ずと道が開ける。流れ星そのもの。天の川そのもの。君はまるで星。
青い鳥の描かれたアイコンをタップして言葉を流していく。みんな私みたいなやつ。みんなめんどくさい。みんなそれぞれの「推し」をいちばんの流れ星だと思ってる。ひとつの、誰かの言葉で上に向けていた人差し指を曲げて、流れを止める。
「………………ドラマ」
ドラマ。凛月がドラマ。月9?恋愛。恋愛ドラマ。
「……ママ!凛月が、凛月がドラマ、出る………………」
下の階に向かって叫んで、君の笑顔に涙が滲む。君はまるで太陽であり、北極星。手を伸ばしても届きそうにない、凛月くん。凛月。
「凛月」
あぁ、どうしよう、めちゃくちゃうれしい。笑顔だ。かわいい。君のおかげで私は息をしていられる。感無量、とかここで使うのか。まだドラマ、見てもいないのに。
君がどんなに変わってしまったって、私は。
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「今日からだよ……!あと2分……」
同じアイドルユニットが好きな友達を家に呼んで、クッションを抱える。バラエティー番組の最後の「このあと10時から!」の画面を見てしまったら、もう麦茶の氷が溶ける。カラン、という音に始まりの合図を重ねて、映し出される君の顔に思わず息を吸い込んだ。
「お、めでと…………」
思わず出てしまった阿呆みたいな私の声に友人が笑う。涙が出そう、というか、もう出てる。君の表情ひとつひとつで私は一年息ができる。大袈裟なんかじゃない。君は私の太陽なのだから。光が強すぎて焦がれる、決して手の届かない天体そのもの。
『ねえ。俺の事、覚えてない?』
放映開始日の七月七日にちなんだ、陳腐な恋愛ドラマ。これは、私に向けたセリフ、っていう都合のいい解釈。そんなわけないのにね。ほんとは、君のことが好きな女の子全員に向けた言葉。分かってても、悲しい。
『俺は覚えてるよ。忘れるわけない。』
君の真剣な表情に、大雨警報の字幕が重なる。窓の外の轟音が強くなってきている。友人は今日私の家に泊まるだろう。相手の女の子は織姫になぞらえていて、君は。
『覚えてるよ、あんたがどんなに変わってしまったって、俺は。』
これは、都合のいい運命。君がどんなに変わってしまったって、私は君のことを「アイドル」として、一個の「人間」として愛する以外に生きる意味を見いだせない。
君のことが馬鹿みたいに好きだ。だから、君は、彦星じゃない。
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ドラマが終わって、案の定帰ろうとしない友人にホットココアをいれた。足の先をドアの隙間に突っ込んで開くと、コンビニで買ってきたチョコレートを口に入れながら彼女が呟く。
「凛月くんって、昔からあんま変わんないよねえ?」
あんたに、何がわかる。
凛月は変わった。大事なものを見つけて、ユニットのメンバーを昔よりも信頼しはじめて、凛月は。ホットココアを持つ手がぶるぶると震える。
「そ、んなことない、よ」
頑張って笑顔を作って、マグカップを置くために膝を曲げる。我慢できなくて下を向く。何がわかる。あんたに。
私に、彼の何がわかる。
「もう、何もわかんない、結局…………」
君は彦星じゃない。こんなにも君が好きなのに、君のこと何も知らない。君は私の太陽であり、北極星。私のすべて。この世にある言葉で表現するには、難しすぎる。
朔間凛月という人間を好きになったからこそ私に価値が生まれた。アイドル。私だけの、アイドル。彼らは、幻想であればあるほど美しい。だから、ちょっとだけ悲しい。私のものにならない、永遠の、私だけの、輝き。
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「なにしてんの」
「凛月がさあ、ラジオで言ってたんだよね。ここらへんの席に座ってるって」
「ほー、よくやるよねえ、毎日」
今日も、君のあやふやな情報で私は踊る。無責任だけど、怒れない。それがアイドル。
「いいでしょ」
いいでしょ、いいでしょ。どれだけ頑張っても私のものにならない綺羅星!
七月七日は毎年だいたい雨で、君は彦星にはなれないかもしれない。でも君は、私のものにならない、私だけの永遠の輝き。君のすべてが私のものであれ。少し変わってしまった君のことをすべて受け止めて、君のこと、全部肯定したい。
それでも、君が私のものにならないからこそ、君はもっと美しく輝く。私の、綺羅星。
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