ずるいから好きです
あの人のところを訪れるのは心臓がどきどきしていつまでも慣れない。

執務室の手前まで来れば一度立ち止まり髪の乱れが無いか確かめる。以前ぴょん、と飛び出た髪の毛を笑われたことがあるからだ。あの時の恥ずかしさはいつまで経っても忘れられない。
……よし、大丈夫。こんこん、と控えめに執務室の扉をノックする。はァーい、と間延びしたあの人の声。
「……平子隊長、失礼します。」
そっと扉を開ければ執務室の中で隊長は退屈そうに椅子に腰掛けている。あ、欠伸。
「何や胡桃。サボりかァ?」
「書類届けに来たんです!サボり魔の隊長と一緒にしないでください。」
「おまっ……、自隊の隊長に向かってサボり魔は無いやろォ!」
「事実を言っただけですよー。はい、これ。ちゃんと目通しておいてくださいね。」
そう言って本来の目的である書類の束を隊長に渡す。あ、指先触れちゃったかもしれない。気のせいかな。気のせいじゃなかったらいいな、なんて。
隊長の砕けた雰囲気のおかげで軽口なんて叩いたりしちゃってるけど内心バクバクだ。隊長が人をからかうときに見せるニィ、というような笑みは本当に心臓に悪い。正直勘弁してほしい。

「あれ、そう言えば藍染副隊長は?」
そうだ、何かが足りないと思えばふざける平子隊長を咎める声、藍染副隊長の姿が見えない。
「惣右介ならオツカイ中や。四番隊ンとこで治療中のヤツの様子見と十三番隊に書類の配達。」
そういえばこの前の虚退治で負傷者が出たんだっけ。他隊に届ける書類とか大変そうだよなあ。私は五番隊内で済む、平子隊長に届け出る書類ばかりだから、あまり他隊に訪れることはない。
「藍染副隊長がいないからってサボってちゃダメですよ!」
「しゃーからサボってへんわ!適度な休憩や休憩。」
そう言いながら何やら平子隊長は机の引き出しを漁っている。何をしてるんだろう、と首を傾げていれば机の上に置かれた謎の箱。
「……何ですか?この箱。」
「キャラメルっちゅー現世の菓子や。この前の休暇、現世行って買うて来てん。折角やし胡桃にやるわァ。」
ありがとうございます。と礼を言いつつ"きゃらめる"というお菓子の箱を手に取り、開けてみるとコロコロとした一口大の四角形が何個か入っていた。香ってくる甘い匂いに食べてもいいかと目線で平子隊長に問いかければ隊長はくつくつと笑いながら頷いた。
笑われたのが恥ずかしくなってすぐに目線を手のひらの上のきゃらめるに移し、包み紙を外して黄土色のサイコロを頬張る。
「……おいし〜…!!」
和菓子とは違う口の中に広がる甘さに目を丸くすれば思わず頬が緩んでしまう。あ、いけないいけない。隊長の前でそんなだらしない顔!
「気に入ったようでなによりや。ひとつふたつ食うならオレもええねんけど甘ったるくて飽きんねん、ソレ。」
ふふふ、平子隊長から頂いてしまった。すごく美味しくて何個でも食べれちゃうけど隊長から貰ったって事実がそうさせてくれなさそう。
幸福感に包まれながらなんとなしに時計を見やると思った以上に時間が過ぎていた。戻ってやらなきゃいけないことがまだあるのに……!
「ひっ、平子隊長!私もう戻らないと!あ、えっと、きゃらめる?ありがとうございました!大切に食べます!!」
おー、なんて間延びした声を聞きつつバッと勢い良く頭を下げ執務室を後にしようと扉へ向かう。出ようとした途端、
「あ、ちょォ待て、胡桃」
「は、はい!なにか!」
「……そのキャラメル、ナイショやで。」
そう言った隊長は人差し指を口の前に持って行きつつニィ、とあの笑みを浮かべた。細められた目は私の何もかもを見透かしているかのようで、一気に体温が上がる。
「は、はいっ!失礼します!」
バタバタと執務室を後にする。もう、絶対顔赤くなった!あの隊長が夢に出てきたらどうしよう……!









胡桃が居なくなり静寂の訪れた執務室の扉がゆっくりと開いた。
「平子隊長、何やら騒がしい足音が聞こえてきましたが……。」
声の主は藍染惣右介。どうやら遣いを終え、胡桃と入れ違いで執務室へ戻ってきたようだ。
「おー、ご苦労さん、惣右介。胡桃や胡桃、さっきまだやらなアカン事あるとか言うて慌ただしく出ていきよったわ。」
「嗚呼、橘くんですか。平子隊長、あまり自分が確認する書類を彼女ばかりに回すのはやめてくださいね、職権乱用ですよ。」
「…さァ、何の事だかサッパリや。」



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