貴族は笑う

光の届かない地下都市サングィネム。
人が神の怒りに触れて数年、吸血鬼たちが人間を本格的に狩り出した。
この都市も、彼らが“保護”している人間たちを生かしている場所だった。
日本中に点在する吸血鬼たちの都市の中でも、サングィネムだけが特別なのは女王が支配するからだ。

「あの人間が貴方の拾ってきた?」
「そうなんですよ〜、これが思った以上に面白くて退屈しなくてね」

指を立てて笑うフェリドに対して眉を上げるクルルは答えない。
豪華な客間から見える大きなテラスの端で金属音が何度も響く。
小さな子供が身の丈に合わない刃を軽々と振るい、信じられない動きで攻撃を繰り出す。
それでも、受ける相手には全く歯が立たずに一振りで弾き飛ばされた。
屋敷の壁に叩きつけられて、壁の一部が崩れ落ちる。
瓦礫と煙が上がる中、点々と血が飛び散っている。

「ちょっと、クローリー君〜。僕の屋敷壊さないでよね〜」
「無茶言わないでくれよ。これでも随分、加減してるんだけど…」
「死んだの?」
「あっは、まさか〜」
「!」

冷静に聞き返したクルルの問いにフェリドが笑い声を発する。
同時に煙が霧散するように散る。
正確には飛び出した影が吹き飛ばしたのだ。
会話を止めたクローリーが前へと剣をやると、激突した刃が盛大な音を響かせる。
黒の刃の合間から同じ色の瞳が見えたが、力を込め過ぎて震えている腕と異なって浮かぶのは無だった。
何も映さない黒い闇を身を捩じって、片手を繰り出す。
それを避けて、スレスレで手を伸ばして首を捕らえる。
「っ」と口を吐いて息を吸い込む喉を掴み上げたまま上へ上げる間も、合っている眼は逸れない。
剣を下げるクローリーの首に、黒い刃が向けられた。

「最初よりは良くなったと思うよ」
「じゃあ今日はこれで終了〜」

クローリーの言葉にフェリドの許可が出た事で、手の力が緩んで落とされる。
ドサリと地に落ちた少女は、ゴホッゴホッと咳込んで喉を抑える。
止められていた呼吸が肺を満たし、同時に鮮血も吐き出される。
擦り切れた身体のあちこちからもとめどなく血が流れ出て、テラスの白を染めた。
近寄るフェリドはご機嫌に膝を折った。

「どうです?僕の可愛いお人形さん」
「人形?家畜ではなくて?」
「だってホラ、この目。綺麗でしょう?」

影が差したので顔を上げた顎を掴み上げて力任せにクルルの方を向かせる。
少女は抵抗無く従って目が合った。
それを眺めたクルルも納得したように表情を変える。
満足そうにフェリドが少女の腕から垂れる血を指で伝い取った。

「確かに人形ね」
「そうでしょう、そうでしょう!どこまで踊れるか試すのも楽しいですよ?」
「貴方の遊びに付き合うつもりは無いわ。ソレを手に入れた重大さを理解しているなら、何故今、私に見せた?」
「やっぱり自慢したくなるじゃないですか。レディーはお人形がお好きでしょう?」
「そうね、私も人形遊びは好きよ」

おしゃべりの激しい人形の手足を千切るとね、と付け加えて笑うクルルの目は笑っていない。
対して、「怖い怖い」と手をヤレヤレとしたフェリドが立ち上がった。
少女の肩を掴んで立ち上がらせる。

「僕はお願い事をしたかったですよ〜。クルル様なら同じ気持ちでいらっしゃるでしょう。貴女の手に入れた天使たちもとても可愛いようですし」
「……」
「でも貴女様と違って、下位の僕では上位始祖会にかかれば簡単に玩具を取り上げられてしまいます」

そうなると悲しくて泣いてしまうといった仕草を大げさにする様子を、クローリーが呆れ目で見ていた。
自分に顔をつけて泣いているようにしているフェリドにも、少女の無感情は変わらない。
クルルの険しい表情と殺気だけが充満していた。

「ね?だから、このお人形を僕に与えて下さい。女王様」
「良いわ、私が図ってあげる。その代わり、その人形が使えなくなるようならすぐに処分するわ」
「勿論ですとも」

踵を返してテラスを去るクルルを優雅な一礼で見送ってフェリドが振り返る。
ニコリと聞こえそうな笑いに、向けられたクローリーが眉を上げた。

「という事で、しばらくお人形のお世話よろしくね。クローリー君」
「はぁ!?え…本気で言ってる?」
「もう連絡は入れておいたからさ〜。部屋も用意させてるし、ゆっくり過ごしていってね」
「部屋って…最初から決まってた!?ちょ、フェリド君ッ!?」

アハハと楽しそうにしつつ、少女をクローリーへと押しやった。
押された反動で前のめりになった少女がクローリーの腰に頭をぶつける。
ゆっくりと見上げられた瞳が瞬いて映す。
これを、自分が。
と思ってから盛大に溜息を吐いた。

「まぁ…退屈はしないか」