春千夜は、横浜の海沿いに車を走らせていた。今日は天竺の幹部らによる集会があるらしく、武藤に言われるまま東京から横浜へと向かう。赤い特攻服は目に刺さり、いまだに慣れない。同じ血がバレない色であれば、黒の方がずっとマシだ。こんな色、あの金色には似合わないだろう。バックミラーをちらりと見やると、春千夜と同じ赤い特攻服を着た武藤が無表情で座っているのが見えた。胃のあたりが暗くなり、ため息や舌打ちとして飛び出しそうになるのをぐっと堪える。こういう時に、マスクは便利だとつくづく感じる。

 横浜天竺は東卍——佐野万次郎を狙っている。
 数か月前、春千夜の耳に入った噂である。もしこれが本当であれば、春千代は今すぐにでも天竺を潰さなければならないと思った。年々、東卍は強くなり、大規模な組織へと成長を遂げている。特に最近は、死人や逮捕者を出すような大きな抗争もあった。他のチームから喧嘩や恨みを買うことは日常茶飯事であり、基本的には春千夜個人が大きく気にすべき点はなかったが、佐野万次郎単体を狙っているとなると話は大きく変わってくる。真一郎に代わりマイキーを支える。王を何より重視する春千夜にとって、マイキーを狙う者は敵であった。たとえそれがどんな者であろうとも、彼が生きるために邪魔なものは全てノイズであった。敵を徹底的に潰すためには、まずは相手の情報が必要である、というのは伍番隊に来てから学んだことだ。横浜天竺という未知の組織にどのように接触すべきか考えあぐねていたが、その問題は早々に解決された。
 武藤泰宏が天竺に寝返ったからである。

 事の発端は、武藤率いる伍番隊が花垣武道の元へと向かった日に遡る。
 花垣武道。彼は、春千夜にとっては不快で不自然で、奇妙な人間だった。これまで全くと言って良いほど関わりがなく、顔も名前も分からないような末端の弱い人間であったはずなのに、気がつくといつでも出来事の中心に居た。とてつもない強さと執念を見せ、人望と信頼を勝ち取り、今では場地の後を継いで壱番隊隊長として君臨している。個人的に探りを入れたこともあったが、驚くほど何も出てこなかった。それもまた不気味だった。時折見せる大人びた顔が、友人と似ている気がして、春千夜の不快感を煽る。気に食わない奴だった。
 春千夜たちは車で花垣の自宅へと向かい、クラクションを鳴らしたが反応はなかった。仕方なく車を降りると、冬の冷たい空気が車内の暖房で緩んだ頭を起こした。すぅっと息を吸うと、肺がひんやりとする。
「壱番隊隊長いるかぁ」春千夜が大声を出してようやく、花垣は二階から顔を覗かせた。「下りてこい」と簡潔に告げると、言われるまま黙って素直にこちらへと寄ってくる。その危機感のなさが、気味悪い。なぜこの男が場地の後継者なのか、春千夜は疑問だった。車から降りてきた隊長に対し真っ先に反応したのは松野千冬で、「気をつけろ」と言われながらもぼんやりとした花垣を見るに、本当に伍番隊のことを知らないのだろう。尤も、この家自体を伍番隊が囲っているため、気をつけようもないのだが。春千夜としては、花垣に対する疑いよりも、隊長がこのようなパフォーマンスじみた行動をしていることに、違和感を覚えていた。が、わざわざ口には出さなかった。様子を見て、ゆっくりと、確実に。そうやって背後から攻める方が性に合う。
 隊長は無言で、花垣の頭を殴り飛ばす。鈍い音を立てて、花垣はコンクリートに打ち付けられながら、二回ほど跳ねて転がった。動物じみた声をあげる。花垣は喚く。隊長はそのまま、彼を無言で殴り続けた。途中「内輪揉めはご法度だろ」と叫ぶのを聞いて、春千夜は笑いそうになるのを必死で抑えた。あぁ本当に何も知らないのだな、と。
 マイキーの判断を否定するつもりはないが、そこまで花垣を意識する理由が分からなかった。それは、隊長に対しても言えることだ。たしかに、突如現れ壱番隊隊長に上りつめた男を訝しむのは分かるが、今日のように伍番隊が総出で迎えに行く必要性があるとは思えない。そんなことよりもっと早くに稀咲に目を向けていれば場地は、と考えたが、ありもしない未来について考えることは不毛だと思い、やめた。春千夜はいまだに、幼馴染の死を乗り越えたわけではなかった。気味が悪いが無害である、というのが春千夜から見た花垣の印象であった。
 隊長が花垣の顔面を殴り続けたことにより、彼は次第に悲鳴を上げることもなくなり、ぐったりとした様子で白目をむいていた。血の匂いがする。死んではいないだろうけれど、こうなると起き上がるまで話が聞けないので面倒だなと思う。
「"イザナ"の野郎」
 武藤がそう呟いたことを、春千夜は聞き逃さなかった。
 あぁなるほど、そういうことか。
 春千夜の心は一瞬にして氷のように冷たく、凪のように静かで、嵐のように荒れ始めた。胴の中心辺りが、重く、暗く染まる。が、それを表に出すことはない。少なくとも目元だけでも、いつも通り、気取られないように。
 もともと花垣をさらうことに何の疑問も持たなかった、といえば嘘になる。が、さして気にも留めなかった。彼がどうなろうと、春千夜の知ったことではない。今までもそうであったように、春千夜は淡々と仕事をこなすだけだ。これは決して、武藤に対する信頼や忠誠によるものではないのだが、おそらく当の本人は知らないだろう。知らないままで良い。その方が、春千夜にとって都合が良かった。だが、それもそろそろおしまいらしい。様子見を選んで正解だったな、と我ながら褒めたくなる。
 春千夜の世界から人が消えていく。
 春千夜は時々、想像することがある。真っ白の空間で、人が円を作るように並ぶ様子。光に照らされ、足元には黒い影が伸びる空間。そこには、マイキーや場地、武藤なんかが居て、春千夜も円を構成する一人として並んでいる。昔は、真一郎や武臣、千壽なんかも居たが、いつの間にか消えていた。最近は、場地も消えた。人が消えたことで不自然な空白が生まれる。ばあちゃん家の食卓を思い出す。
 そして今、武藤も消えた。
 いつまでも残るのは、マイキーだけだった。
 
 気絶した花垣を車に詰め込んだ春千夜たちは、そのまま乾と九井を同じように殴り、攫い、三人を無人の廃墟に押し込んだ。武藤は、他の伍番隊の人間には帰るように伝え、春千夜だけを部屋に残した。自分はそこまで信頼されているのかと、少し驚く。春千夜なら何も言わないと。かつて自分がそうしたように、心の内を汲みとってくれるだろうと、思っていたのかもしれない。
 春千代は唯一の扉を塞ぐように立ち、なにかあったらすぐ動けるように待機していた。気絶していた花垣が目を覚ましたことをきっかけに、部屋に明かりをつける。殴られた彼らの荒い息遣いと、武藤が椅子を引き摺る音が部屋に響く。光が入らず、湿気と埃に満ちた空気が、一気に動き始める。花垣に比べて、乾と九井はいくらか勘が鋭いようで、自分たちの置かれた状況についてある程度理解しているようだった。花垣の場合は、知っている情報や知識量が少ないのだな、と観察しているうちに分かった。なぜ何も知らないのに、いつも肝心な場面に居るのか。
 なぜオレは、いつも届かないのか。
 乾と九井の発した、"S62の亡霊"や"黒川イザナ"という言葉には、春千夜にも覚えがあった。そして、それらが武藤と関連していることも。彼が少年院に居たことも、極悪の世代と呼ばれていたことも、春千夜はずっと前から知っていた。そういえば一度、武藤について調べた際に知った彼の嫌いな奴をボコボコにし、その髪をプレゼントしたことがあったな、と思い出す。ブチギレられたのは、いまだに疑問だ。春千夜だったら、嬉しいのだけど。そこまで自分のことを知ってくれたのだと。残念ながら、本当の春千夜を知る人はこの世界には居ないのだけれど。
 聞いてもいないのに武藤は、これが特務ではないことも、自身が天竺の創設メンバーであることも、語り出す。それを武藤の口から直接聞くのは、春千夜も初めてだった。
 花垣の表情が、強張る。
「マイキー君を……東卍を裏切ったって事ですか?」
 花垣が訊ねる。捻りのないストレートな質問。武藤は否定も肯定もせず、ただ「マイキーと先に出会っていれば違ったのかもしれないな」とだけ答えた。
 「疑わしきは罰する」がモットーである伍番隊の中で、それは肯定の意味を持つことを、武藤が知らないはずがない。
「イザナが一線に戻ってきた今…オマエらはオレの敵だ」
 武藤にしては珍しく、感情的な物言いだった。もしかすると武藤の中にも、葛藤、のような思いがあったのかも、と淡い期待が芽生えそうになるが、即座に否定した。もしそうだとしても、結果はこの様だ。武藤の瞳孔は開き、相手を屈服させようと圧をかけるような言い方。部屋の重力が、強くなる。
 春千夜は一瞬「じゃあテメェはここで死ね」と武藤に斬りかかろうかと思った。そうやってすべてを終わらせてしまえば、先ほどから胸の辺りに巣食う、腹の底から湧き上がる何かを、消せるかと思ったから。だけれど、少し考えて、やめた。そもそも得物が手元になかったのもある。これは武藤なりの宣戦布告で、あえて春千夜を部屋に残したのも、もしも春千夜が武藤の元を離れ東卍に戻ったとしても、現状を伝えることで、内側から東卍を混乱させる意味も含んでいたのだろう。
 だとすれば、春千夜は伍番隊の一員としてどうすれば良いのだろうか。
 疑わしきは罰する。
 ふと頭によぎったのは、亡くなった幼馴染の顔だった。あいつなら、どうしただろうか。
 
 裏切り者には鉄槌を。
 そんな言葉が浮かんで、そのまま、留まった。

 黒川イザナはマイキーを狙っている。
 改めて、武藤の口からはっきりと告げられた言葉は、春千夜の頭の温度を上昇させるには十分だった。実際にはマイキーだけでなく、稀咲や九井のことも取り込むつもりで、今回は九井がターゲットだったのだけれど、春千夜にとってはそこまで重要ではない。
 犯罪組織を創る。
 それが、マイキーの意思で行われるのであれば、春千夜は間違いなくついて行くだろう。裏社会でも、この世の果てでも、地の底でも。彼について行く覚悟は、あの夏の日からできている。春千夜には、それ以外の道は残されていない。もう、マイキーしか居ないのだ。だから、赤の他人の見知らぬ男が、頭のおかしな野望のために王を利用しようというのであれば、それは許されざることだった。
 武藤が花垣の頭を足で踏む。ガッと鈍い音がする。歯を食いしばり、険しい顔をしながらも、泣き言一つ言わない花垣を、春千夜は意外に思っていた。想像していたよりも、根性があるらしい。誰よりもボロボロの体を引き摺って、この現状を招いた九井に優しく声をかける。両手を縛られ不安定な体を何とか起こし、ふらふらとおぼつかない足取りで、自分の部下である二人をかばうようにして、武藤の前に立ちはだかった。
 花垣はきらきらと輝いた、星のような目をしていた。
 熱く燃えるような瞳だった。
 春千夜はそこでも、真一郎のことを思い出していた。真っ黒な、光のない宇宙のような瞳で、川へと落ちた真一郎を。ちょっとした衝撃があると、記憶の奥底に眠り、忘れていたはずの映像と感情が、簡単にあふれ出す。そういう呪いのような記憶を、春千夜はいくつか持っていた。
「勝てる勝てねぇじゃねぇんだよ」花垣が叫ぶ。
 雄叫びをあげながら、花垣は武藤に向かって走り出した。体当たりをするつもりだろうが、武藤まで届くはずもなく、再び顔面を殴られる。予想外にうまくいかない現状に、武藤は少し苛立っているように見えた。武藤は暴力と恐怖による支配を得意とするため、花垣のような不屈の精神とは相性が悪いのだろうな、と考えたところで、兄の顔が浮かんで消えた。兄もまた、春千夜の記憶の奥底に眠る呪いの一つであった。花垣に触発されたのか、今まで傍観していた乾も加勢し、武藤に立ち向かう。花垣の熱が、信念が、周囲の人に伝播して、勇気づける。
 そういうところも真一郎君に似ていて、あぁ本当に、気持ちが悪い。
 九井はただ見ているだけであったが、乾が加わったことで顔色が変わった。それからすぐに、天竺に入ることを承諾した。九井にとって乾は、そこまで大切な人間だったらしい。春千夜には、ピンと来ない感覚だった。

 ボロボロになった乾と花垣を、適当なゴミ捨て場に放り投げた帰り。春千夜と武藤は二人、夜道を歩いていた。ビル風が吹き込み、思っていたよりも寒く感じるが、頭を冷すには丁度よかった。武藤に付き添うように、春千夜も歩く。彼はしばらくの間何も言わず、こちらに一瞥もくれなかったが、ふと歩みを止めて、こちらを振り向いた。
「三途…オマエは自分の道をいけ。オレは東卍には戻らねぇ」
 いつもの、変わらない表情。だけれど、それなりの覚悟を持って決めたことなのだと分かった。春千夜の答えは、決まっていた。
「自分で選べと言うなら当然、ついていきますよ隊長」春千夜は笑う。武藤から、マスクをもらった日と同じように。
「ここがオレの"居場所"です」
 彼の言葉を借りて、そう伝えた。武藤は少しだけ、笑っていた。「兄のようだ」と伝えた時と同じ顔。あぁ嬉しいのだろうな、とよく分かる表情。
 この時、春千夜は少し、いや、だいぶ楽しかった。自分の思うように事が運んでいる。すべてが想定内の動き。今まで信頼を築き上げ、"良い部下"として振る舞ってきた甲斐がある。囲いが着々と作られる。春千夜は、冷静に盤面を見つめていた。目的はひとつ。
 王を守ること。
 春千夜は最初からそう言っていたのに。隊長は忘れてしまったのだろうか。
 武藤のことは確かに信頼しており、愛着もあった。少なくとも、春千夜の心の中に椅子を用意させるぐらいには。だけれど、どこか背中を預けきれない部分もあったな、と今更ながらに思う。もうあのように二人で将棋を指せないのは、少し残念に思う。居心地は悪くなかったのだけれど。
 武藤が天竺につくと明確に分かった時、思い浮かんだのは場地だった。あいつは東卍のためにたった一人、敵地にスパイとして乗り込み、仲間を守るために死んだ。バカなやつ、と一蹴することは春千夜にはできなかった。
 自身の隊長が天竺に寝返った今、このチャンスを逃すわけにはいかない。
 天竺を内側から探る。
 それが伍番隊の三途春千夜として、やるべきことだと思った。唯一、場地と春千夜が違うところは、自分の真意を汲み取ってくれる、隣に並んでいた人が居ない、ということだけ。ただそれも、春千夜にとっては些細な問題として、片付けなければならないものだった。

 武藤に言われた場所に車を止め、ドアを開けてやるために一度車から降りる。冬の冷たい空気と横浜の海風が、赤い特攻服をたなびかせる。幹部でない春千夜はこのまま待機となり、車内でぼんやりと時間を潰すこととなった。誰も居ないのをきちんと確認し、マスクを外す。深い、深い、ため息が吐き出された。息というより、意図的に出された音と言ってもいい。スパイは、案外疲れる。あまり態度の悪い所を、武藤や他の人に見られるわけにはいかないのだが、今はまぁ良いだろう、と足を車のハンドルの上に乗せた。消毒液もウェットティッシュも、手元にあるので問題ない。いつからか潔癖症となった春千夜は、常にそういうものを持ち歩いていた。
 初めて武藤が春千夜を連れてきた時、分かってはいたけれど、かなり絡まれた。そもそも天竺幹部のS62世代には面倒な人間しか居ない、と春千夜は思っている。できる限り関わりたくない人たち。警戒や好奇の視線が無遠慮に向けられ、実際に言葉として投げられたが、武藤の仲間であり歳上である彼らに下手なことは言えず、あくまで下から丁寧に、武藤に恩義があり、尊敬し、だから彼についてきたと伝え、とりあえず席を用意してもらえることにはなった。が、確実な信用が得られたわけでなさそうだ。ただ、無害な人間として、おもしろい者として、とりあえず受け入れているだけのように見える。何かあったら即座に潰せるように、警戒はされているのだろう。可能な限り集会には参加させてもらえるが、今日のような幹部の集まりに食い込むほどの信頼は、得られていない。春千夜は時間をかけて相手に取り入ることは得意だったが、今回のような短期間で信頼を築くのは、なかなか難しいことだった。
 間近で見た黒川イザナは、独特の鋭い空気を纏っていた。マイキーのように多くの人に愛され、人目を惹くようなカリスマ性というよりは、暴力と恐怖によって人を惹きつける人。多くの人間を束ねる王の器なのだろうな、というのは分かり、どことなくマイキーに似ているような気もして、武藤が彼についていく理由は察せられた。
 居場所がねぇのか?
 いつか武藤に言われた言葉を思い出す。ここが、武藤にとっての居場所なのだろう。かつて春千夜が居場所を失くした者同士、武藤に背中を預けたのと同じように。春千夜が、王を大切にするのと同じように。似たもの同士が、肩を寄せ合う。そしていつか、何よりも大切な宝になる。そいつらのためなら、死んでも良いと思えるぐらいに。そうやって頭で理解できて、武藤の内面を汲み取ることができたとしても、春千夜の心がついてくるかどうかは、また別だった。疑わしきは罰せよ。裏切り者には鉄槌を。それが、伍番隊。マイキーが、春千夜に与えた役目。
 春千夜に残された、唯一の居場所。
 黒川イザナの背中は大きな闇を背負った偉大な王者にも、小さな子どものようにも見えて、ちぐはぐだった。ゆらゆらとした足取りに合わせて、時折カラン、と彼の耳元で音が鳴る。それと似た飾りをしている男がひとり、彼の隣に並んでいたのをよく覚えている。「鶴蝶」と呼ばれた男はただひとり、最後の最後まで警戒心たっぷりの冷たい視線を春千夜に送ってきた。よほど王が大切なのだろう。あまり仲良くなれそうにないなと、春千夜は思った。
 
 コンコン、と車の窓がノックされる。見れば武藤が戻っていた。春千夜はマスクをつけ直す。それは、春千夜にとってのスイッチのようなものだった。足を戻し、ハンドルを丁寧に磨く。武藤はそのまま後ろのドアを開けて、どかりと座った。
「お疲れさまです、隊長」
「あぁ」
「……どうかしましたか?」
「いや、抗争の日が決まった」バックミラー越しに、武藤と目が合う。「二月二十二日。場所は、横浜第七埠頭だそうだ」
「急ですね」
「イザナのこだわりらしい。他の奴らにも伝えておけ」
「分かりました」
 なぜその日に、と思ったところで、またしても真一郎の顔が浮かんだ。そういえば、黒川イザナは黒龍に所属していた時期があったはずだ。その程度の情報なら、すでに調べてある。
 黒龍が結成された日。
 黒川がなぜ黒龍に拘るのか、今の春千夜が持っている情報からだけでは分からなかった。もしかすると、黒川がマイキーを狙う理由と関連があるかもしれない。初代黒龍を創ったのは他でもない真一郎君で、本当はマイキーが継ぐはずのチームだったのだから。探りを入れるにしても、もうあまり時間がなく、舌打ちが飛び出そうになるが、またしても黒いマスクが抑え込む。仮面のように春千夜の表情を操作し、猫を被るために必要なスイッチ。マイキーに連絡を入れるか迷ったが、やめた。そこまで重要な情報ではないと判断したからだ。あちらには花垣と乾も居るため、決戦の日時ぐらいは把握しているだろう。
「本日は、他にご用事はありますか?」
「特にない。このまま戻るぞ」
「はい」
 春千夜がアクセルを踏むと、二人を飲み込んだ重たい車が動き出す。バイクとはまた違った操作性にはだいぶ慣れた。この車を春千夜が貰える日も、もうすぐそこだ。

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