星合い
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「あっ、ハナビもこっちに来て。一緒に飾ろう」

いつにも増して辛く厳しい鍛錬に耐え忍び、朝から疲労困憊で食事に在り付いたハナビは、先に朝食を済ませ自室に戻っていた、恐らく塞ぎ込んでいる姉の様子でも見て来ようと、その部屋を訪れた。
そして、何やら存外に笹飾りを楽しむ姉の姿に、目を見開いたまま戸の前で固まった。
ネジの帰還が延びたことを知り、落ち込んでいると思われたヒナタは、思いの外元気だった。
本当に、姉にも言ったんだよな? と思わず心の中で従者に問い掛けるハナビは、自分の元へと差し出された輪の飾りに、顔を顰める。

「……何を、ゆうちょうなことを……。そんなことしている場合ですか? ネジ兄が、帰って来なくなったんですよ? それで良いんですか?」

表立って、この家で笹飾りをすることは憚られたのか、茎を切り小さくした、まるで小型模型ミニチュアのような笹を机の上に用意して、色紙を切り張りして作った貝やら提灯を、ヒナタはひっそりと自室で飾りつけていた。
ハナビへと、手作り感100パーセントの飾りを差し出し、あどけなくこてんと顔を傾けた、幼い仕草の姉に、ガクリとハナビは脱力する。
誰の為に、あの強面の父に歯向かったというのか、いや、分かってもらわなくても結構なのだが、それにしてもまるで分かっていないから。
妹の憂いを他所に、受け取ってもらえない鎖飾りを引っ込めたヒナタは、それでも口元に笑みを浮かべ、両の掌に乗せ垂れたそれを、目を細めて見つめる。

「……ネジ兄さんは、お忙しいから……。それに、そんなに寂しくないのよ? まめにお手紙を書いてくれるし」

そう言ってハナビに笑い掛けた、ヒナタの視線は、文机の上に重ねて置いてある、数通の文に注ぐ。
笹の置いた机を振り返るヒナタの横顔は、穏やかに見えて、どこかあの憂え顔にも似ていた。
最初の文から順に保管し、至極大事に取っておいてあるそれらは、ハナビには、そんなに価値のあるようなものには思えない。
大体あの寡黙な男が、文でだけ饒舌に、気の利いたことを書き綴っているとも、考え難い。
一人楽しげに、ネジとの遣り取りについて語るヒナタの声が、耳を通過し、ハナビは物憂げに、これから飾り付けるのだろう机に置かれた色鮮やかな色紙を見つめる。
そして何か、一見した時から違和感を覚えていた笹飾りの、その訳に、ハナビは気付いて息を呑んだ。

「ネジ兄さんのいる所……北国でね、毎日吹雪いているんですって。お風邪でも召されていなければ、良いのだけど」

肝心の、短冊飾りのない小竹を見遣るハナビの耳に、ヒナタの声が、やけに明るく響いた。















夕刻、アカデミーから戻ったハナビは、縁側に腰掛けながら、涼しい風に吹かれていた。
サラサラ、と耳に聞こえるのは、庭に植えてある夏の花木が擦れる音ではなく、その片隅にちんまりと固定してある、ヒナタの笹だった。
――……考えたな。
今時分、父である宗主は、道場を開放し若年の忍に向け体術の指南をしているから、此処を通ることはない。
庭を通り掛かった使用人がいても、この家で几帳面にも、季節の行事を取り入れ、こんな細々とした物を作る人物は決まっているから、ああ、ヒナタ様かと浮かべ、見て見ぬ振りをしてくれるだろう。
少しでも風に当てようと、表に出した小竹は、ミニチュアサイズではあるが、飾り付けられた色とりどりの色紙が風に揺られる様に、風情があった。
皆にも七夕を楽しんで貰おうという、ヒナタの心遣いが、溢れていた。
そしてそれは、余計にハナビの心を締め付けることになった。
本当に、このままで良いのだろうか。

ネジもヒナタも、誰よりも好き合っているというのに、抵抗一つせず、この状況を受け入れている。
仮令離れていても、彼らの気持ちが変わることはない。
いつか許しが貰えるその日まで、二人で耐えて、耐え忍んで。
無理に抗わず、ヒアシの怒りが収まるのを待とうと、賢明な判断をしているようで、だがそれはどこか道理に叶っていない気がする。
ネジの方は男だから、どんなに辛い任務でも、立派に達成して見せるだろう、けれどもそんな従兄を人知れず想うヒナタを間近で見ていた、ハナビは思うのだ。
何を引き換えにしてでも、一緒にいることが、ヒナタの、二人の“幸”ではないのかと。

こんなことは、可笑しい。
親というものは、一途に子の幸を願う、そういう存在ではないのか。
たった一度だけ、茶を引っくり返したことが、そんなに罪なことなのか。
意気込んだ勢いのまま、父に立ち向かったが、ハナビでは、駄目だった。
ハナビの力では、如何にもならなかった。


「……少しよろしいですか? ハナビ様」

目元に熱いものが込み上げ、引き結んだ唇の震えを懸命に抑えていると、気配を隠さず、従者が傍に佇んでいた。
少し逡巡したように、遠慮がちに掛けられた声に、ハナビは平静を装い、何だ? と事務的に振り返る。
コウを見据えるハナビのそれは、既に早成した次期宗主の顔付きへと変わっていた。

夕涼の風に吹かれ、サラサラと葉を擦らせる、笹の音が止んだ頃、同じように吹かれていたハナビの髪が、肩に落ちたのを見計らい、コウはやがて重い口を開いた。
僅かに目を伏せた彼の、固い表情を、ハナビはじっと見つめた。

「実は……」

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