救援活動
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 突然激しい音が空に鳴り響いて、テンテンは背後の山を振り返った。今まで静けさを保っていた、その姿は豹変して火口付近は夥しい量の噴煙で覆われている。堪えていた噴火を目の当たりにして一気に緊張が走る。忍服をぎゅっと握って、側にいる存在が不安げな表情でいる。
「大丈夫よ、行きましょ」
 こっちよ、と肩に手を添えて、目の前の光景から目を逸らせて再び歩き出す。
 次第に火山灰が降り注いできて見通しが悪くなる。ただ、最初に歩き出した地点からは大分進んできた。この辺りから傾斜が緩やかになって、そうなるともう避難所は近い。
 すると、降り積もる灰の上にパラパラと小石のようなものが落ち始める。噴石だ。テンテンの足元にゴツゴツした大きめの石が、鈍い音を立てて落下してきた。
「ちょっと……っ、こんなの当たったら、怪我しちゃうじゃない」
 軽く悲鳴を上げて、足を浮かせたところで間一髪避けられたが、ほっとするというより更なるこの先の危険を予見する。
 クナイを取り出すと、テンテンは少年を引き寄せて周りを警戒しながら足を進める。刃毀れひとつない自慢のクナイは今は身を守る盾となろう。
 クナイを額宛てに翳して、降り頻る火山灰に目を眇めながら前方を見つめる。あと少しの筈だが……激しくなる噴石になかなか前に進めずにいた。至近に落下してくる石をクナイで弾いて、少年を庇いながらでは少々時間も掛かり……キリがない。
「ねえ君、走れる?」
 唐突にそう呼びかけて、テンテンは立ち止まると、懐から巻物を取り出して火山へと向き直る。
「お姉さんは後から追いかけるから。この先をずっと、まっすぐ下れば、忍のお兄さん達がいるから」
 赤く燃ゆる噴火口の傍らにテンテンが微笑みをかさねて。灰の舞う崩壊に向かう景色を丸い瞳にうつして……少年は小さく、コクリと頷く。
 立ち尽くした少年に向かって熱に包まれた石が飛んでくる。テンテンはすかさず巻物を開いて【波】を口寄せする。
 圧倒的な水圧が飛沫を上げて、付近を飛んでいる灰や石が一時的に捕らえらえた。そろりと、後退りする少年は動き出そうとした刹那、足が縺れて転んでしまう。火山の爆音が響いて、青い水飛沫が少年の瞳の時を止める。
「振り返っちゃダメ! 走って!」
 肩越しにテンテンに叫ばれて、少年は我に返る。脱げた靴をそのままに、立ち上がって、小さな歩幅で駆け出した。
 このまま“障害物”を引きつけて、少し時間稼ぎできれば……テンテン一人でなら何とか逃げ切れる。
 巻物を向けながら、じりじりと後ろ足で積もった灰を踏み締める。と、徐々に水流が弱まって、え、とテンテンの表情が別の意味で固まっていく。どうやら封入していた水がそろそろ尽きる頃のようだ。少年は、まだ後方にいる。火山は変わらず活動中で石の飛来するこの辺りは危ない……危ない……? そうだ──。
 一旦戻ろう、と、危険だと話していたネジの言葉が今になり現実味を帯びてくる。
 どこかでもたもたしてしまったのだろうか。どうして一人でできる気になっていたのだろう。テンテンが恐れずに灰の中を進んでいけたのは、側で状況を見極めていたネジが、いたからなのに。

──ええい、目には目を!
 唇を噛み締めて、それでも新たな巻物を取り出した。覚悟を決めた瞳に、諦めの文字はない。送り届けると、あの時決めたから。
 次に何を呼び出すかという咄嗟の閃きが命運を左右する。
 最後にテンテンに選ばれた、【炎】と書かれた術式が襲いかかる火山灰に向けられた。






 




 













































「……ン……テン?」
 酷くぼやけた灰がかった空がテンテンを迎えた。どこか現実味のない、夢を揺蕩う感覚に暫く身を置く。
 ここは、どこだったか。湿った臭い……灰……任務の最中か……とろりとした目蓋で視線をゆっくりと動かすと、テンテンの肩が強く抱き寄せられた。
 視界の脇に黒髪が一房、灰とともに流れ落ちた。自分を呼ぶ声に急速に意識が浮上していき、途端、せきが込み上げてくる。
 口の中が灰だらけだ。咽せ込んで弾む背中を、優しく摩られる感覚がする。息苦しさで滲んだ目尻に、大丈夫か? と降ってくる、この声を知っている。導かれるままに眼差しを上げると、ぼやけた顔の輪郭が、徐々にはっきりしてきて、あ、とテンテンは声を漏らした。
「あの子は無事だ。何も心配はない」
 皆まで言わずとも、テンテンの思い及ぶことにネジは見当をつけてくる。いつも落ち着いて語り掛ける眼が、もう暫く見ていなかったそれがしっかりととどけるのだが、テンテンはきょとりとしている。
「ネ……」
「もう何も心配するな。……生きていれば、いい」
 有無を言わさぬ、それでも穏やかな語調に包まれるようにして、テンテンの声は仕舞い込まれた。
 ネジの呼び出しはあれからどうなったのか。再会したこの場所が安全な避難所にはとても思えなかった。今テンテンの傍にいる理由を、その腕の温かさが伝える。同じチームだったから。そんな単純な話ではない。降っている火山灰からテンテンを庇うようにしているこの瞬間、それがネジが此処に駆けつけた理由だ。
 地鳴りが激しくなり、ネジが火口付近に目を向ける。溜まっていた噴煙が風に流され降りてきて、依然噴火の真っ只中だ。付近を舞っている火山灰を吸い込んで、せき込むテンテンの口許を、ネジが袖でそっと押さえた。
「ここを離れよう」
 ネジは避難用のケープを広げるとテンテンの肩に回した。更に頭にフードを被されて、手早くネジの背中に背負われる。有無を言わさぬ流れに、テンテンは大人しく身を預ける。ネジの判断はいつでも信頼できた。
 テンテンが進んできた、残りの道はネジが引き受けた。もうすぐだからと少年を行かせた、最後の道を。山の轟音を背に、吹きつける火山灰の間隙を駆け抜ける、ネジの首元に必死にしがみついた。
 ときどき後ろを気にかけるような繊細な気配を感じる。
 微かな足音に揺られているうちに、いつの間にかテンテンは眠りに落ちていた。

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