姫と騎士05

夜間、ナイトメアフレームの格納庫で休憩を取っていたバートは突然の背後からの衝撃に仰け反った。背に感じる温もりと腰に回された手で相手が分かる。というより、自分にこんなことをする人物は一人しか思いつかない。

「姫さま・・・」

溜息交じりの呼び声に腰に回された腕に力が入る。彼女の力を加えれれば直ぐに折れそうな腕に触れる。

「どうしたんですか?」
「バート・・・」

自分を呼ぶ声が微かに震えていることに目を瞠る。ゆっくりと自分の腰に回る腕を外し、向き直る。エヴァニエルは顔を見せないようにバートの胸に抱きつく。だが、僅かに肩が震えている。泣いていることは明らかだ。安心させるように優しく彼女の背を撫ぜる。

「怖い夢でも見ましたか?」
「・・・うん」
「どのような?」
「世界にね、私しか、居なくなっちゃう、の・・・」

普通の少女なら夢だと認めて再び眠りに着くのだろうが、彼女は違う。身近な人間がいつ命を失ってもおかしくない状況に身を置いているのだ。彼女にとっての[世界]は己の傍にいる人間によって形成されているのだ。つまり、[世界]に彼女しか居なくなる、というのは周りの人間が死んでしまった、ということだ。それをバートは理解し、彼女の薄い桃色の髪を撫でてやる。この少女が身体面だけでなく、精神面も存外に脆いことはよく知っている。こういう事は昔からよくあった。身近にいる姉たちには決して縋らなかった。怖くて怖くて仕方ないのに気丈に振る舞い、涙を我慢する。夜が明けて、自分たちが訪れてやっと泣きじゃくる。そんなことが繰り返されていた。そんな時は何も言わずにただ彼女が泣くのを受け止めるしかなかった。

「大丈夫ですか?」
「・・ありがと」

数分後、エヴァニエルがやっとバートの胸から顔を上げる。彼女の赤く腫れぼった目元に触れる。その紅は余りにも痛々しかった。

「部屋に、戻りましょう」

渋るように答えを出した大切な姫君を優しく抱き上げる。かつり、と軍靴の踵が鳴る音が響く。腕の中の温かくも脆い存在を噛み締めながら彼女の自室へと向かう。

「バート・・・」
「はい」
「居なくならない、よね」
「当たり前ですよ。私が姫さまの前から消えるわけがありません」
「そうだよね・・。・・・・眠るまで手を握ってくれる?」