姉と妹01

租界に攻め込んできた黒の騎士団への対応の指示を部下に飛ばすコーネリア。シュンッ、という空気が抜ける音がして扉が開く。何気なく其方を見れば、体調を崩し寝込んでいるはずの妹が扉にもたれるように立っていた。

「エヴァニエル!?部屋で寝ていろと言っただろう?!」

今にも倒れそうな様子のエヴァニエルにコーネリアは姉としての顔で言う。ふらふら、と幽鬼のように歩くエヴァニエルを近くにいたクラウディオが支える。

「お、ね、さま・・・」
 
菫色の瞳がじわり、と涙で滲む。エヴァニエルに近づき、汗ばんだ髪を撫でてやる。

「大丈夫だ。お前だけは必ず守ってやるから。もう少ししたらシュナイゼル兄上が救援に来られる。そうしたら、お前は本国に戻ってゆっくりと休養したらいい。だから、安心して眠っていろ」

コーネリアは髪から頬を撫で下ろす。行ってくる、そう言い踵を返すコーネリアの後ろ姿をただ眺めていたエヴァニエルは扉から出ようとしたコーネリアを見た瞬間、手を伸ばし姉の名を叫ぶ。切羽詰まった声に振り向くと衝撃と共に泣きじゃくる妹が自分の胸に抱きついていた。

「エヴァニエル?どうした?」
「お、ね、さまおねえさまおねえさま」
「どうしたのだ?言わないと分からんぞ」
「いかな、いで。いっちゃいや。つれて、かれちゃう」
「エヴァニエル?」

嫌だ嫌だと己の腕の中で泣き喚くエヴァニエルにコーネリアは戸惑った。エヴァニエルは害のある我侭を言う子では無い。自分やグラストンナイツが戦地に赴くときも泣きそうな顔をしながら見送っていた。そのエヴァニエルがこうして必死に縋ってくるとは・・・。

「エヴァニエル。私は行かなくてはならないのだ。ユフィの仇を討つためにも、エリア11を任された皇女としても」
 
身を切る思いで腕の中で泣くエヴァニエルをクラウディオに預け、部屋を出て行く。エヴァニエルはクラウディオに肩を抱かれたまま泣いていた。クラウディオに促され、エヴァニエルは部屋を出る。その後に続いて出てきたのはデヴィッド。他のメンバーは後ろ髪を引かれる想いで持ち場に着きに行く。

「姫さま、もう泣き止んで下さい」

エヴァニエルの顔を覗きこむのはデヴィッド。そう言ってもエヴァニエルが泣き止む気配は無い。困惑顔でお互いの顔を見合わせる。

「ごめ、な、さい。迷惑、かけて、ごめん、なさい」

嗚咽交じりの声に自分たちよりも頭2つ分小さい少女に視線を落とす。周りに人の気配が無いことを確認すると、デヴィッドは彼女の頭をくしゃくしゃ、と撫でる。

「迷惑じゃないけど、泣き止んでくれたら嬉しいですね」
「そうそう。俺たちが一番弱いのは姫さまの涙なんだから」

砕けた物言いでエヴァニエルを慰める。やっと微かながら笑みを零すエヴァニエルにほっと息を吐く。

「あの、ね。お姉さまにもう手が届かないと思ったの。ユフィみたいに、もう掴んでくれないと思ったの」

そんな事ないのに、と呟くエヴァニエルは己の手を眺める。この世で、最も、恐れることは――――

「大丈夫ですよ、姫さま。コーネリア殿下は俺たち以上にお強い方です。姫さまの心配は杞憂に終わりますよ」

クラウディオはエヴァニエルの心情を察して彼女の小さい手を優しく握り締める。握られた手にもう片方の手を重ねる。

「・・・守ってね。ユフィの誇りもコーネリアお姉さまの命も私との約束も」
「「イエス・ユアハイネス」」