笑顔の暴力

御所が敵に襲われた。その絶望的な知らせは御所襲撃から直ぐさま平家の軍に届けられた。


そのとき、***はまだ病み上がりだった。闇口で育ち、澄百合学園で学び、零崎で生きた***は今の己の身体で戦えるかどうかを客観的に見れた。否、見ることが出来なければ***は今まで生きてこれなかっただろう。しかし、今の***の身体では戦場に出ることが可能なほどに回復していた。それなのに***は雪見御所に残った。それは、本当に微かな予感だった。何となく自分は此処にいなくてはならないと感じた。戦闘に出るとき、子荻は己のもつ知識を基準に行動していたが***は己の感覚に従っていた。そして、このときも己の勘に従った。

「***は本当に貝合わせが強いな」
「お褒めに預かり光栄です」

帝から誘われ、貝合わせに興じていた。からん、と裏側になっていた貝が表を向き、絵柄が合う。その見事な手際に帝付きの女房たちが感嘆の溜息を漏らすほど。貝合わせも終了し、女房たちが持ってきた砂糖菓子を口に運んでいたとき、俄かに屋敷がざわめいた。そのざわめきは静かに始まり、今では怒号や悲鳴が飛び交っている。その異常さに***は己の勘が合っていたことを確信した。一人の女房が屋敷で起こっていることを報告しに飛び込んできた。源氏の軍が此方に向かっている。その知らせを聞いた女房たちは甲高い悲鳴をあげ、尼御前は強く帝を掻き抱いた。そんな中、***はゆっくりとした動作で行動を起こした。しゅるり、と重ねていた袿を脱ぎ捨てる。

「***どの?」
「帝と尼御前さまは屋敷の者を連れて避難して下さい。直ぐに平家の人間が知らせを受けて戻るでしょう」
「貴方は…?」
「彼らの相手を」




屋敷に程近い場所。ひゅん、という音と共に敵の首や額という急所にナイフが刺さる。倒れていく敵兵の身体には1本のナイフ以外の傷は無い。つまり、彼女はナイフ1本で敵兵を一撃で倒していっていた。にぃぃぃ、と笑う***に前線の兵士たちは悪寒を隠しきれない。再び風を切る音と共に数人の兵士たちが地に伏せていく。彼女が手首を捻るたびにその手にはどこからともなくナイフが現れる。

「ふふふ、この僕に勝てると思ってるんだろうか。こんな数百人程度でこの僕を死に追いやることが出来ると思ってるのかな。それは間違いだよ。人間というのは殺人鬼にとって最高の獲物だからね。それが目の前にうじゃうじゃといる。これを放っておくほど僕は馬鹿じゃない。だから、僕は零崎を開幕する」