星を越えた時

はぁはぁ、と息を切らしながら想い出の土地を駆け回る。空蝉で姿を消しても相手に何故か場所が特定されている。ぎりっ、と唇を強く噛み締めた。



アスから連絡が入り、街中のカフェで久しぶりに再会した。カフェの中に殺人鬼が2人もいると知らない客は楽しそうに話に興じている。話し声をBGMに深刻そうなアスの話を聞いた。最悪の事態だと。レンが死んだ、と。その場でレンを殺した相手の素性と報復を行う日取りを決め、別れた。


レンを殺した相手は殺し名序列一位「匂宮」の分家「早蕨」。レンを直接殺した相手は既に人識の手によってこの世にはいないというが、『家族に仇なすものは、老若男女人間動物植物の区別なく容赦なく皆殺し』がモットーな零崎一賊にとって「早蕨」という組織は消すべき対象だ。アスとの会合から数日後、零崎の手によって早蕨という名はこの世から消え失せた。それが4ヶ月前。そしてつい1週間前。アスから連絡があった。それは、レンが死んだという情報より衝撃的だった。電話越しのアスの声は震えてはいなかったもののいつもより掠れていた。零崎一賊が何者かに狙われており、その被害は既に出ている。


『3人が既に殺されている』
「…アス、次は僕が出るよ」
『ジェノ!?』
「アス、レンが居ない今君が零崎一賊の最後の砦だ。トキや人識を当てには出来ない。だから、今僕が出るよ。それで判断して」



息を整えるために木を背に身を隠す。澄百合で得た知識を総動員して考えてみるもあの橙色のことを知る知識は一つも出てこない。ただ戦ってみて感じたことが一つ。赤色に似ている。そして、アレに勝てる人間はきっと赤色しかいない。

「っていうか、あの橙色、後ろの人間に操られている?」

としたら、あの後ろの女を殺せば何とかなる…かもしれない。何とも頼りない推測を立て、身を起こす。息を吐き、覚悟を決めると、空蝉で目的の場所に現れる。ナイフの切っ先が女の首筋に食い込むというところで身体の中心に熱いものが伝わった。しまった、と時にはもう遅い。橙色の腕が腹部を貫通している。ごぼり、と血を吐き出す。

「危ない危ない、アンタのその技闇口のモノだろ?」
「さぁ、ね…」

あぁ、ダメだ。目の前が霞んできた。ただ誰かの前で死ぬという愚行だけは犯したくないという下らないプライドのために空蝉を行った。



ぜぇぜぇ、と息を吐きながら震える指で携帯の番号を押す。

『ジェノ?』
「ア、アス…。アレは駄目だ。アレに、敵う人間なんて…げほげほ」
『ジェノ!?何処にいるっちゃ?』
「来ちゃ…駄目…。逃、げろ」

ジェノ、と叫ぶ声を無視して通話終了のボタンを押す。もう何をする気力も無くなり、落ち葉の上に横になる。そこで意識は途切れた。




その日、経正はただ『何となく』その場所を歩いていた。そこで何と出会うかも分からずに。微かな呻き声を受け取り、その声の持ち主を探した。落ち葉に隠されるように倒れている若葉色の髪を持つ女を見つけたのはその時だ。