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ビーフシチューはとっくのとうに冷えていた。貧乏ゆすりが止まらず、帰ってきた彼をどう懲らしめてやろうかとむかむか考えていると、玄関の鍵が開く音。申し訳なさそうなその顔を拝んでやろうと玄関に行くと、煤汚れた姿の彼がいかにもといった面持ちで突っ立っていた。

「おかえりなさい、レオン」
「おかえりのキス……、はもらえないようだな。ただいま」
「リップクリームの一つも塗ってない状態でしてもらえるとでも?」
「悪かった……」

何に対しての悪かったなのだろうか。誕生日を祝うって約束を破ったこと?急な仕事が入ったにも関わらず連絡もしなかったこと?私に寂しくて寂しくて心配な思いをさせたこと?

「全部、悪かった」

そう言って手を伸ばしてきた彼からは火薬の匂いしかしなくて思わず顔を顰める。振り払わなかっただけ感謝して欲しい。首に手を回されて何をされるかは大体想像がついた。チェーンが鎖骨に当たる感覚。視線を自身の胸元に落とせば、きらりと青い石が光った。

「ラッピングは焼き消えた?」
「…ラッピングマニアがいたのさ」
「そう。だから裸のままポケットに突っ込んだと」
「すぐ着けてもらいたかったんでね」

近くなった距離のついでのように、頬にキスが落とされる。その流れで唇に来ることは分かっていたので彼の口元を手で覆うと、彼はわざとらしく肩を竦めた。

「火薬臭いの。まずシャワー浴びてきて」
「今日は本当にご機嫌ナナメだな…」
「レディーに会うのに身だしなみすらちゃんとしてこないのが悪いんじゃなくて?」

それ以上の反論はなかった。いそいそとシャワーに向かう背中を見送って、私は鼻を鳴らす。ため息一つつけば、何だかもう大分絆されている自分がいて舌を打つ。今回も私の負けだ。もう少し懲らしめてやろうか思ったのに。きっとこの後ビーフシチューを絶賛されて、食事が終わったら甘ったるい触れ方をされて、もう私はどうでもよくなっているのだ。あー、気に食わない。腹いせにパンチの一つでも後でくれてやろうと決めて、ビーフシチューを温め直しにキッチンへと向かった。


そう、これはバトル


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