a/hanagokoro/novel/1/?index=1
TopMainSS集
もう少なくなってきた泡を掬っては、手のひらの隙間から湯船に戻すという行為を意味もなく繰り返す。お風呂場のドアを開けたときこそ舞い上がったが、しばらくしてみればただ泡がお風呂に浮かんでいるだけのこと。

「泡風呂って思ったほど楽しくないよね」
「えェ…言い出しっぺ…」
「まあ貰ったしやろうかなって」

もうなんの面白みもなくなり、火照った体にも耐えられなくなってきた。そろそろ上がろうかと思い始めると、不意に明日が仕事なことを思い返してしまう。フラッシュバックするように、途端に明日のことに思いを馳せてしまうこの現象は何なのだろう。

「仕事行きたくない…」
「んあ〜おれも行きたくない」

話の内容が唐突に変わっても、もはや突っ込まれなくなってきた。多分、私の気持ちの振り幅がだいぶ分かるようになってる。
もう上がりたいのに立ち上がる気力もなくて、駄々をこねるようにクザンに寄りかかった。

「アイス食べたい……」
「のぼせてるでしょ」
「うん」
「もう上がろ」
「うん…」

だがしかし湯船から立ち上がるのはしんどい、と思ってるのもお見通しらしく、ゆっくりと湯船から体を引っ張り出される。途端、頭に血が上ってぐらりと視界が揺らいだが、太い腕にしっかりと支えられた。

「立ちくらみ〜…」
「はいはい、ゆっくりね」

私のこの力が入っていない体をクザンは絶対投げださない、と妙なところで信頼があった。ぐらぐら続く眩暈に危機感もなく体を預けていると、落ち着いた頃に優しくバスタオルに包まれる。
ぽんぽんと軽く顔の水分を拭かれながら、ぼんやりとアイスのことを考えると、急激に水分と糖分が欲しくなった。

「アイスはなんか濃いやつ」
「濃くて甘いやつね」
「あった?」
「ない気がするわ。買ってくる?」
「きて」

とは言ったものの、着替えてひとりで待ってると明日を思って鬱になりそうな気もしたので、数秒してから目の前の腕を掴む。

「やっぱ一緒行く」
「あらら、珍しい」

アイス以外にも色々欲しいかも、と思いながらまだ拭いきれてない体でぺたぺたと廊下を歩いていく。後ろから「こらっ」と引き止める声が聞こえたが無視して私は部屋に向かった。
いつの間にか、鬱々とした気分は少しだけ晴れていた。


なんちゃら症候群ってやつ


prev │ main │ next