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TopMainモラトリアムと青い春
食満くんが作ってくれた用具倉庫で管理している物一覧と、食満くんの指し示した棚を見比べて、私は一言一句聞き逃さないよう食満くんの話にかじりつく。

「そして、ここに宝禄火矢ですね。火器なので取り扱いには気を付けてください」
「ええと、立花くんが扱っている…」
「お、よくご存じですね。そうです、仙蔵は火気を扱わせれば右に出る者はいないんですよ」
「へえ〜」

先程から私の発言を無下にすることなく、丁寧に説明してくれる食満くん。その貫禄はおよそ年下とは思えなかったが、忍たまの子相手にそれは今更かと自嘲した。私、同じくらいの歳にこんなだったかなあ。

「と…、用具倉庫で管理しているのはこれくらいですかね。何か分からないことありますか」
「分からないことは…はい、大丈夫です。頑張って覚えます」
「はは、普段から触ってないと中々全部は覚えられませんよ。分からなかったらおれ含め、用具委員の生徒に気軽に訊いてください」
「ありがとう…」

何から何まで頭が上がらないなと思いつつ、食満くんの爽やかな対応に惚れ惚れしていると「あ〜!」という甲高い声が用具倉庫に響いた。

「事務員の苗字さんだ〜!」
「こんにちは〜!」

無邪気に駆け寄ってきたしんべヱくんと喜三太くんに、思わず顔が綻ぶ。身を屈めて視線を合わせるようにしてから「こんにちは」と言うと、眩しい笑顔が返ってきた。二人とは対極に今日も今日とて元気とは程遠い様子である平太くんは小さな声で挨拶を返してくれてから、私の頭を見て不安そうに眉を下げる。

「苗字さん、その頭どうされたんですか…」
「これは、えーっと…」
「聞きましたよ。小平太にやられたんですよね」
「あはは…、そう。七松くんがアタックしたバレーボールが頭に直撃しちゃって」

そう言うと、一年生の子たちは顔色を恐怖に染め、小さな体を寄せ合って怯えた。やっぱり七松くんのボールが殺人級というのは、広く知れ渡っている常識なんだなと実感し苦笑いを浮かべる。

先日、尾浜くんとお茶をしていた際に、無作為に打たれたバレーボールが私の後頭部にクリーンヒットし意識を飛ばしてしまったわけだが。保健室で目を覚ましたときには、先生方や善法寺くんにこってり叱られて猛省の姿勢を見せている七松くんと、半泣きの尾浜くんに囲まれた。
「すみません、おれがぶつかればよかったのに…」とぐすぐす鼻をすする尾浜くんに必死でフォローを入れたのは記憶に新しい。あんな尾浜くん初めて見た。何はともあれ、衝撃は凄かったものの不思議とたんこぶ程度で済んでいるので、もう私にとっては過ぎたことだ。

一年生たちの涙ぐんだ労りの言葉を受け取っていると、軽い足音がふたつ聞こえてきて顔を上げる。向かってきた柳色と、紫色の制服に食満くんは「遅いぞ!」と声をかけた。

「すみません!…ってあれ?事務員の苗字さん?」
「本当だ!用具委員会の見学ですか?」

遅れてきた富松くんと浜くんが私を見つけて首を傾げる。そういえば、と言ったように同じような疑問のまなざしをこちらに向けてくる一年生。

「うん、そんなところです。食満くんに用具倉庫の案内をしてもらっていたの」
「なるほど、そうだったんですね」
「まだまだ全然覚えられてはいないんだけど…」
「ぼくもぜんぜん覚えてないから大丈夫ですよお!」
「ぼくも〜!」

にこにこと励ましの言葉をくれた喜三太くんとしんべヱくんに一瞬微笑ましくなったが、食満くんが「おまえたちは覚えてくれ…」と苦労が滲んだ声を出していたので乾いた笑いが出た。なんだかとっても既視感。脳裏で「名前ちゃあ〜ん!」という間延びした声が響いた気がした。
用具委員の子が全員揃ったところで、食満くんが「よし」と引き締まった声を出すので、ぴっと姿勢を正すみんな。

「おれたちはこれから塀の修補に行きますが、苗字さんは仕事に戻られますか?」
「あー…一緒してもいいかな?この際、用具委員会さんの仕事内容把握させてもらいたくて」
「構いませんよ」

了承してくれた食満くんの後ろでは、いっしょにお仕事だあ〜と一年生の子たちがはしゃぐので少しだけ気恥ずかしくなる。富松くんが「浮かれるなおまえたち!」と叱ったので、小さなお口はすぐ閉じていた。

漆喰を持って用具委員会の子たちと共に現場へ向かうと、思ったよりも派手に崩れているところが多々あり、作業の重労働さを推し量る。ましてや、一年生が多いこの顔ぶれでは尚更。
突っ立って見ているなんて言語道断なので、一緒に手伝わせてもらう。富松くんが丁寧にやり方を説明してくれて、それに倣い私もたどたどしく漆喰を壁に塗った。

「それにしても、そんなにガタが来ているようには見えないんだけど、どうしてこんなに壊れ……、あ。七松くん?」

言っている途中で原因が思い浮かんで口にすると、食満くんが大きなため息をつく。

「小平太もそうなのですが、主なのは文次郎ですね」
「潮江くん?」
「ええ。文次郎が頭をぶつけるんです」
「あたまをぶつけるんです…??」

食満くんはそんなに難しいことを言ったわけではなかったが、思わず事実が飲み込めなくてばかみたいに復唱してしまう。隣の富松くんがそれを聞きながら遠い目をしていたので、事実なんだろう。それにしても潮江くん、石頭すぎないだろうか。
そもそもどうして頭をぶつけるんだろう、というのはあるが、きっとそれは考えるだけ無駄だった。忍たまには個性豊かな子がたくさんいて、その子らがどれだけ突飛なことをしても事実として受け止めなければいけない。何故?どうして?なんてナンセンスな質問はなしだ。それが忍術学園の不文律だった。

「た、大変なんだね…」
「分かってくれますか…」
「僭越ながら……」

食満くんがこれだけ出来た人なのは、それだけの苦労を経験しているからなのであろう。できればゆっくりお茶して労わってあげたい、そんな気持ちが芽生えつつ、作業を進めた。

全ての塀の修補が終わるころには夕方になっていて、作業を終えた私や下級生の子らは袖や頬など色んなところが真っ白だった。

「こんな大変な作業、手伝っていただいてありがとうございます」
「いえそんな。こちらこそ、色々と教えてくれてありがとうございました」
「また遊びにきてくださいね〜!」
「こらしんべヱ!」

用具委員会の賑やかな雰囲気に最後まで和みつつ、私はその場を後にした。
普段机仕事なだけに肉体労働は中々にきつい。重くなった体をほぐすように腕を回しながら事務室に向かっていると、どたばたと間抜けな足音に嫌な予感が走る。廊下は走っちゃいけないって、自ら破っては良い子たちに示しがつかないというのに…と思いながら曲がり角で見える人物を予想しきって待っていると、案の定半泣きの小松田さんが飛び出してきた。

「名前ちゃあ〜ん!経費清算書に墨こぼしてだめにしちゃったあ〜!」
「はい、はい…今行きますからね…」

私も小松田さんの尻拭いを続けていれば、食満くんのような出来た人間になれるのだろうか。今の私は書類の復旧作業よりも先に、現実逃避が浮かんでしまうくらいには疲れていた。


モラトリアムと青い春 11話


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