白に赤はよく映える。彼女の赤いマフラーが目に入った瞬間、ちかちかと視界が点滅した。気がついた時には、自分でも驚くほどの力強さで彼女の手を引いていた。
「わっ!な、なに?」
「あ……いや、外出て平気…なのか、な…って」
「ええ?平気だけど」
どうしたの、って彼女は困ったように笑った。どうしたのだろう。自分でも分からない。ただ、頭の遠く後ろの方で淡く死の感覚が渦巻いている。
「風邪なんて引いてないよ、私」
そう、彼女は至って健康で、だから彼女の手はふっくらと柔らかで。けれど、もっともっと細かったような気もする。──骨が浮き出るほど。
「けほっ」
不意に彼女がむせ込む。赤が伝う。雪に落ちて、染みて、奥の奥の方に鮮烈に焼き付いていた光景が雷蔵の脳内を揺さぶる。
「あー、」としんどそうに声をあげた彼女にはっとして、雷蔵は顔を上げた。彼女の唇は健やかな桃色に彩られているだけだった。
「ちがう、これは違うからね雷蔵。昨日8時間カラオケしてたから喉が…。本当に風邪じゃないからね!?」
ぱたぱたと手を振って必死に否定する彼女に、強ばっていた体の力が徐々に抜けていく。小さく息を吸うと、少しだけ冷静さが戻った。
「のど飴いる?」
「え、いる!さすが雷蔵!」
「8時間ってすごいよね」
「へへ、盛り上がっちゃって…」
鞄からのど飴を取り出して彼女の掌に乗せる。そうしていつも通りを装ったが、やはりどこか不安そうな顔をしていたのだろう。彼女がこちらを覗き込みながら目を細めた。
「大丈夫よ、雷蔵」
ああ、前もそう言っていたっけ。大丈夫、と柔らかく儚い笑みで雷蔵に言い聞かせていた。誰よりも不安なのは彼女なはずなのに、気を遣わせてしまうような顔をしてしまう自分が情けなくて。
「…そう、かな」
「うん、この通りすっごい元気!」
明るく言い放って胸を叩いた彼女に、ほろ苦く笑った。きっと大丈夫、──今度こそ本当に。
「雪、滑りそうだから手繋ごう」
「…は、恥ずかしいなあ」
「まあまあ」
温かく柔らかい彼女の手を確かめるように強く握ってしまう。落ちていくこの手を、前に掴み損ねた気がしたから。今生は、離さないようにと。
まどろみのような死のにおい
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