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TopMainそれって愛でしょ
かわいいものを身に着けるとご機嫌になってしまうのは女の理。だから別に貰った相手なんて関係ないのだ。

鏡が目に入るたびにきらりと揺れて光るそれに、元気になってしまうのはピアスがかわいいからであって、決してそういうわけではない。と、朝から言い訳がましく頭の中で唱えて、何度目だろうか。
紅茶を注ぎ入れていると、びしばしと飛んでくる視線。何か顔につけていただろうか、とお昼ご飯の内容を思いだしていると、こちらをガン見していた常連のお姉さんがにっこりと笑う。

「ピアス、かわいいね」
「ぅえっ」

分かりやすく動揺してしまった私の手から飛び出そうとするティーコージーを慌てて掴んで、平静を装いながらポッドに被せる。お姉さんは他意なくピアスを褒めたつもりだったようだが、私のあからさまな反応を見て口元の弧を深くした。

「なあにそれ、いわくつきなの?」
「いわく…つきではないですけど、別に」
「じゃあ青キジさんからの贈り物?」

カシャン、と手元のシルバーが音を立てる。なぜ、変なところでこうも鋭いのか。私が分かりやすいだけなのかもしれないけど。落ち着いてシルバーをテーブルに並べたあと、目線を天井に彷徨わせて「まあ…」と答えると、お姉さんが黄色い声を上げた。

「え〜!やっぱり上手くいってるんだ」
「上手くって、別に普通だと思うけど」

一般論的にどうしていたら上手くいっている部類に入るのか。人の価値観なんてそれぞれで、周りから見た自分たちが恋人として上手くいっているかなんて評価、分かるはずもない。喧嘩こそしたことはないが、私が一方的に腹を立てた案件なら数知れずだ。
これ以上何か訊かれる前にそそくさと退散しようと一歩下がると、すかさず手を引かれて阻止された。

「話聞かせて」
「ええ…」

常連のためこの後はわりと空いている時間だと把握しているだけ質が悪い。私を引き止めたところで、店を回すのに支障が出ない時間は母から呼び戻されることもない。満足そうなお姉さんの顔にいよいよ逃げられないことを思い知らされた私は落胆と共に固唾を飲み込んだ。

「そのピアス、いつもらったの?」
「この前、ちょっと…外出たときに」
「デートしたんだ」
「うっ……、そー…だけど…」

一緒に乗った自転車で感じた風、試着したときのワンピースが肌に滑る感触、別れ際のキス、全てが無駄なほど鮮明に思いだされていやになる。家に帰って眠りこけた翌朝、バッグからピアスを発見して赤面したことも、はっきりと脳裏に甦った。

「なんか、しっかりめに恋人してて面白いなあ」
「ど、どういう意味」
「別に二人が付き合ってることに違和感はないんだけど、こう…実感はしてなかったというか。だから話聞いてるとなんか二人って本当に付き合ってるんだなーって」

第三者から見た私たちの感想なんて、どう反応したらいいか全くわからない。ただ異様な羞恥だけがあって、テーブルの端っこを見ながら心頭滅却。

「名前も青キジさんのことちゃんと大好きみたいだし」

唐突に落とされたとんでも発言に、自分でもびっくりな速さで顔をあげる。

「なっ……!ちが…!」
「違うの?」

条件反射のように飛び出そうとした否定の言葉。しかし、お姉さんの再度問う声に思わず閉口する。一度飲み込むとそれは確かに本心ではなく、ただ自身の矜持を守ろうとして出ようとしたもの。本当に、なんて計りにかけられると、改めてそれを口にすることはできなかった。

「青キジさんのこと、好きじゃないの?」

そんなわけ、あるか。
思ったよりも素直な気持ちがこみあげてきて、耳の端まで熱くなる。ずっと声に出したことなかった本音を改めて声に出そうとすると、変に勢いづいてしまって浅い呼吸のまま口を開く。冷静さを失っていた私は、後ろで鳴る入店のベルなんて完全に意識の外側だった。

「す、好きじゃなきゃ付き合ってない!」

声にすると羞恥やら緊張やらでやけに声が震えて、情けない声が出た。腹の底から声が出なかった感触がむず痒い。店内に響いた私の声が注目を集めてしまった自覚はあった。しかし、それにしてもやけに痛い静寂に違和感を覚える。
ぱちぱちと目を瞬かせて固まっていた、目の前のお姉さんの視線がちらりと動く。視線の向く先は私の後ろのようだった。途端に嫌な予感がして、全身からぶわっと冷や汗が噴き出る感触と急激な体温の上昇。

そういえば、そろそろいつも来る時間帯ではないだろうか。そういえば、入口のベルが先ほど鳴ってたような。

「…………」
「…………」

私と目が合ったクザンが一拍おいて慌てたように自身の耳をふさぐ仕草を見せる。いつの間にホールに出てきてたのかは知らないが、それを見た母が「おっそ」と呟く声が静かな店内に響いた。

気づいたときにはトレーをお姉さんのテーブルに放置して逃げ出していた。店の中をこんなにも全速力でダッシュしたのは生涯で初めてだ。よく分からないが、太ももがつりそうだった。

裏口から飛び出して店の裏手で脱力したようにしゃがみこむ。膝を抱えると、意味もなくぷるぷる震えていて、膝が笑うとはこのことかと意識の彼方で感心した。物凄い速さで全身に血を送り出しているであろう心臓の音に支配されながら、先ほどまでの出来事を必死に飲み込もうとする。

「(絶対聞かれた〜っ…!!)」

一瞬現実逃避しようとし始めたが、すぐ冷静になって打ちひしがれる。死にたい、できればこのまま一生顔合わせたくない、とぐるぐる同じ思考回路ばかりを通る。顔を伏せて半泣きになっていると、キィと裏口のドアが控えめに開く音がする。
別に誰かなんて考えなくても分かっていたが、それでも母かもしれないなんて一縷の望みをかけて顔を上げずにいると、大きな手が私の背に添えられた。

「……おれが悪い〜…わな。うん、おれが悪いわ。ごめんね」
「……」
「突発性難聴にならなかったおれが悪いからさ、機嫌なおしてちょうだいよ」

クザンの手が優しく私の背を撫でる。その手つきに荒ぶっていた心が少しずつ落ち着きを取り戻していく。来なくてもよかったのに。…追いかけてくるって知ってたけれど。
しばらくそうしていると、私が落ち着いたのを見計らってクザンが、私の心を波立てないようにゆっくり喋りだす。

「別に名前ちゃんの気持ち疑ったこととかねェけど…、さっきの嬉しかった…って言ったら怒る?」

クザンにそんな風に問われるのは何だか既視感。怒らない、と前に答えたときも羞恥でパンクしかけだったことを思いだす。
今回は生憎声を出す気力すらないので、私は顔を伏せたまま重たい首を僅かに横に振る。もしかしたら身じろぎしただけだと思われたかもしれない。それぐらい小さなリアクションだったが、恐らくクザンには伝わったようだった。

「名前ちゃん、顔上げて」

先ほどより近い距離でクザンの声が響く。梃子でもクザンの顔を見たくなかったが、このままここで生涯を終えるつもりもないので重々しく顔を上げる。多分、かなりひどい顔をしている。そんな顔を見られるのも恥ずかしかったが、クザンは私の頬を撫でると小さく笑った。

いつの間にか回されていた腕に引き寄せられて、唇が重なる。キスまで私をあやすようで、引き始めていた熱がぶり返す。忘れかけていたが、私は先ほどこの男の前でこっぱずかしい台詞を大声で言ってしまったのだ。そんな男に今、愛おしむようにキスされて、死にたい以外のなにものでもない。
意識を失いたい願望が強すぎたのか、眩暈もしてきた。くらくらとする思考の中でクザンの体温を感じながら呻く。

「しにそう……」
「死なないから。平気平気」
「いっそころせ…」
「いやいやいや」

くすくす笑うクザンの声に無性に腹が立って、ふいと顔を背ける。耳元のピアスが揺れた感覚に、あっと思いだしたときにはクザンの指は私の耳を捉えていた。

「…ちょっと、なに、やだ」
「ん〜、いや、きらきらすんなと思って」
「ガラスだからでしょ」
「そうねェ」

真綿で首を絞められているようだ。一刻も早くこの状況を抜け出したくてクザンを睨むと、何故かまたキスを落とされたので、勢いに任せて頭突きをかましてやった。かました側の私の方が痛くて泣きそうになったが、蹲るクザンの姿に胸がすいたのでよしとする。

ちなみに、今日のことを思いだすと首を掻っ切りたくなるため、件のピアスは二週間ほどつけなかった。


それって愛でしょ 14話


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